カノジョの絵の具(後編)

気がつけば、僕は先輩の肩に頭を預けていた。
ブラウスの胸元から、わずかに先輩のおっぱいが見えていた。
先輩の胸を大っぴらにのぞき込んでいるという事実に、また脳の芯が熱くなる。

「大丈夫? はぁはぁ言ってたよ?」

先輩はなおも素知らぬ振りをしてそう言った。
ゆっくりと僕の頭を肩から外し、すたすたと自分の席に戻っていく。

僕は椅子からずり落ちそうな格好のまま、その先輩の後ろ姿を見つめていた。
下着の中は粘液でぬるぬるだったけれど、不快感はなかった。
だってまだ興奮したままだったから。

ひらひらと揺れる青山先輩のスカートの裾を見ながら、
同時に視界の端ではあの絵を捉えている。

罪悪感と昂揚感が入り混じっていて、
射精してしまったことを後悔しているのかさえよく分からない。

ちゃんと座っててね、という先輩の指示に従って、なんとか身体を椅子の上に引き上げる。
でも、身体の中が熱くて熱くて、じっと座っていられない気分だった。
全身が快感を求めていた。いますぐ、もう一度射精したかった。

僕は三美ちゃんの絵を見る。
今度はその絵の前で、思い切りペニスをしごき上げたかった。

ひょっとすると、僕はいまあった出来事を打ち消したいのかもしれない、とも思う。
三美ちゃんでオナニーすることで、先輩よりも魅力的だ、と言いたいのかもしれない。
それで罪悪感を消したいのかもしれない。

けど、なにもかも全部言い訳かもしれない。
今までずっと彼女をオカズにすることを我慢してきたのを、
ただ欲望のままに汚しつくしたいだけかもしれない。
三美ちゃんのおっぱいを、脚を、お尻を、すべてをドロドロに汚したい。

またペニスが鎌首をもたげる。
いまや、僕はそれを隠そうとさえしていなかった。
頭のなかでは、三美ちゃんの裸と先輩の裸が交互にちらつき続けている。

「勃ってるね」

あまりにさらっと言われたので、
それが勃起のことを指しているのだと理解するのに数秒かかった。

先輩は鉛筆で、僕の股間を指し示していた。

「おちんちんが固くなってテント張ってる」

ごくごく軽い調子で、先輩は喋る。
さっきまでの、すべてに何食わぬ顔をしていたのとは、まるで逆の態度だった。

「やっぱり、高田くんって思った通りの人だね」

「どういう、こと…ですか?」

「分からない?
 つまりね、好きな子がいるのに、他の女の子に射精させられて、
 それでもまだ興奮しちゃうタイプだってこと」

「え……?」

「矢崎さんのこと、好きなんでしょ」

びくっと肩が震えるのが自分でも分かった。
どうして、どうして知っているんだろう。

「どうしてって顔してるけど、悪いけど分かりやすいんだもん。
 部活動中もずーっと目で追ってるし、なにかあれば話しかけにいくし。
 それにさっきも今も、ずーっと矢崎さんの絵見てるし」

僕は返答に詰まって、ただ目を伏せることしかできなかった。

「まあ、それはいいの。いかにも青春でいいじゃない。
 ただ、教えておかないといけないことが一つあってね」

「教える?」

「うん。私が高田くんのこと好き、っていうことをね」

唐突な、淡々とした告白だった。
照れも恥じらいもなにひとつない愛の言葉だった。

「……好き、って? 先輩が、僕を…?」

「そうなの。……ふふ、そりゃびっくりするよね?
 だって、今まで私、少しもそんな素振り見せなかったもんね。
 でも、嘘じゃないんだよ?
 高田くんが入部してきたときから、ずうっと目をつけてたんだから」

きっと冗談なんだと、とっさに思った。
校内でも評判の美人の先輩が、僕を好きになる要素が思い当たらなかった。

それに。
本当に僕のことが好きなら、三美ちゃんに嫉妬するはずなのに。
先輩の口調からは、そうしたドロドロとしたものをまったく感じなかった。

「理解できないって顔してるね。
 でも、いいんだよ。高田くんは理解できなくても。
 私、これでも頭は良いからね。自分のことは自分でちゃんと分かってるの。
 ……私はね、裏切られたくない人なの」

先輩はまた席を立つと、僕のそばまでやって来る。
座ったままの僕の頬を、先輩の両手が包み込む。
さっき自分がこぼした精液の臭いが、かすかに先輩の手から匂った。

「私はね、自分が好きになった人が、自分の思ったとおりの人じゃないと嫌なの。
 だから時間をかけてじっくりたっぷり見定めるの。
 こんな人だと思わなかった、みたいな陳腐な台詞をあとで言いたくないから。

 ……それからね。
 その人が自分のところから去っていくのも嫌なの。
 ずっとずうっと、私のところにいてほしいの。
 私の虜になって、私から逃げられないでいてほしいの。

 わかる?
 ……わからないよね。

 でもいいんだよ。私が全部わかっててあげるから。
 アナタは私から逃げられない。
 私のおもちゃ箱のなかにずうっといるの
 アナタはそういう人だって、私、わかっちゃったから」

先輩の人さし指が、ゆっくりと僕の唇のあいだに差し込まれる。
第二関節の奥までずっぽりと入り込み、指先が舌を撫でる。
ざらざらとした舌の表面を一撫でされるたび、
ぞくぞくとした快感が背筋を這いあがる。

それから指を引き抜くと、先輩は自分の唇を指先でなぞった。
僕の唾液が透明な糸になって、先輩の唇と繋がれる。

「だけどね。アナタが悲しむ必要は全然ないから。
 私は心の醜い女だけど、でもきっと、アナタにとっては都合がいいよ?
 だって私、アナタがどんなことをしても許してあげるから。
 私からは逃げられないんだってちゃんと自覚してるなら、
 どんなことだって許してあげる」

たとえば、と言いながら、先輩は僕のジッパーを引きおろす。

「射精、いっぱいさせてあげる。
 いくらでも好きなだけ、おちんちん弄りしてあげる。
 もちろんセックスだって、なんだって、アナタのしたいようにしてあげる」

ズボンの間から、まだ精液にまみれたままの陰茎が顔を出す。
亀頭はぐっしょりと濡れていた。
さっき漏らした精液だけじゃなくて、いまも溢れてつづけているカウパーのせいだった。

「触ってほしい? それとも自分で触りたい?
 オナニーは禁止、なんてことも言わないよ?
 好きなときに好きなだけ、好きな方法で精液びゅるびゅるってしていいんだよ」

触ってほしかった。
でも、言えなかった。言うわけにはいかなかった。
先輩の話していることは半分もわからない。
だけど、先輩の言うがままに射精したら、本当に先輩から逃げられなくなる気がした。

「あ、我慢してるんだ。
 頑張り屋さんだね……うん、そういうところもスキだよ。
 でも、なんのために我慢してるのかな?
 私の虜になるのが恐い?
 それとも……あの子のためかな?」

先輩は目線を横に流す。僕もつられてそちらを見てしまう。
その視線の先にあるのは、言うまでもなく三美ちゃんの自画像だった。

「大好きな矢崎さん……というか、『三美ちゃん』とか
 勝手に心の中では呼んじゃってるのかな?
 ……ねえ、三美ちゃんのことが好きだから、裏切りたくない?」

先輩は人差し指と親指だけで、ペニスをつまむ。
でもヌルヌルした亀頭のせいで、指はその表面を滑るばかりだった。
でもそれが楽しくなってきたらしく、
先輩は何度もついばむように先端ばかりを刺激してくる。

「やめ……て………ください。
 先輩の、言う……通り、だから。
 僕は三美ちゃんのことが、好き、だから……だから……」

乱れた呼吸を必死にととのえながら、かろうじてそう抗弁した。
でも、僕の言葉を聞いて、なぜか先輩はくすくすと笑った。

「うん、まだ勘違いしてるね。
 私はね、三美ちゃんよりも私を選んで、なんて言ってるわけじゃないの。
 高田くんは、三美ちゃんのことを好きでいればいいんだよ」

「え……?」

「アナタが誰を好きでも関係ないの。
 誰に恋していようと、アナタは私には抗えない。快楽には逆らえない。
 アナタはそういう人。だから、私はアナタを選んだの。
 ……わかる?
 三美ちゃんのことがとってもとっても大好きで……それなのに私に抵抗できない。
 それが、私に支配されるっていうこと。私のモノになるっていうこと」

なにがなんだか、分からなかった。
先輩の言葉の意味も分からなかったし、そしてどうしてその台詞を聞いているだけで、
自分がいまにも射精しそうなのかも分からなかった。

「三美ちゃんのことを考えながらオナニーしたっていいよ。
 なんだったらセックスしたっていい。
 でも、それを許してあげるのは私だけ。
 私だけ……私しか、アナタにそんな自由をあげる人はいないの。
 三美ちゃんは、高田くんが私とセックスすること、まさか許してくれないよ?
 ……だけど、私は許してあげる。
 私は心の広いご主人様だから、おもちゃの人形がおままごとするのを許してあげる。
 でも、いくら高田くんがおままごとで気持ち良くなっても、それは所詮はおままごと。
 アナタの本当のご主人様は、私だけ」

先輩の手の動きが早くなる。
手の平全体で、ねちゃねちゃと肉棒全体を撫で回す。
すでに嫌というほど溢れたカウパーが潤滑剤となって、
先輩のぬくもりがペニスを這い回る。

「ほら、許してあげるから、一回イっちゃおうね。
 ね、許してあげるから。
 どんなに惨めでみっともない射精でも許してあげるから」

とぷっ…!

射精する、と本能が告げるよりも早く僕は精液を漏らしてしまっていた。
一瞬遅れて、自分の射精が始まってしまったのだと分かる。
もう、止めようがなかった。

噴水のように精液が噴き出す。
身体中の力がペニスから搾り出されているような感覚。
ペニスが震えるたびに、眼球までもが腰の辺りに吸いつけられるみたいだった。
快感に喘ぐあまり、歯の根がカチカチと打ち合わされた。

学生服のズボンの上に、白い水溜りが幾つもできる。
それだけでは収まらず、飛び散った精液は先輩の手や、
髪の毛にまでかかってしまっていた。

射精後の余韻の中でぼんやりその姿を見ていると、
先輩はやわらかく微笑んだ。

「私を汚しちゃったこと、気にしてるの?
 いいんだよ。私が射精を許してあげたんだから。
 アナタがどんなに情けなく精液をこぼしても、許してあげる」

それでも僕は申し訳なさを感じて、先輩の顔を直視できなかった。
そしてもうひとつ、三美ちゃんへの罪悪感ももちろん感じていた。

でも、先輩はそんな僕の気持ちなんておかまいなしに喋る。

「わかるよ……まだ色んなこと気にしてるでしょう。
 私が許すって言ったんだから、なんにも気にしなくていいのに。
 ……あ、そうだ。いいこと思いついた。
 じゃあ、本当に私がなんでも許してあげるってこと教えてあげよっか」

言うなり先輩は立ち上がると、三美ちゃんの自画像に近づいていく。
そしてイーゼルごと絵をここまで運んでくる。

目の前に、好きな子の自画像が置かれる。
意識が半ばうつろになっているいまの僕にとっては、
まるで彼女が実際にそこにいるようにさえ感じられた。

そのまましばらく僕は放心していて、
次に気づいたときには、先輩が僕の背後から覆いかぶさっていた。

「さ、始めるね」

一体なにを、と聞き返すより早く、耳元で不思議な声がした。

「先輩、私でオナニーしたいんですか?」

聞こえてきたのは三美ちゃんの声だった。
……ううん、そうじゃない。それは確かに青山先輩の声だった。
ただ単に、先輩が三美ちゃんの声を真似ているだけだった。

たぶんもっと冷静なときだったら、なかなか上手いですね、と褒めておいて
それで終わりになるぐらいの声真似だった。
だけど、今はまともな状況じゃなかった。
僕の理性は溶けかけていて、そしてたぶん心のどこかで、
その声を本当に三美ちゃんの声だと思おうとしている自分がいて。

「ずっとずっと我慢してたんですか?
 なぁんだ……もっと早く言ってくれれば良かったのに。
 先輩だったら、いくらでも私をオカズにしてくれていいです。
 オナペットにして、先輩の妄想のなかで可愛がってください」

三美ちゃんのふわふわとした声を聞くたび、意識が混濁していく。
自分の身体がスライムみたいにとろとろになって、
そのなかでペニスだけが固く屹立していた。

耳元で、先輩が本来の声音でささやいてくる。

「良かったね。なにしてもいいって。
 それで、高田くんはどうしたい? どうしてほしい?

 …………答えられないの?
 喘いでいるばっかりじゃ、なんにもわからないよ。
 後輩を困らせちゃダメじゃない。

 ホントに喋れないの?
 仕方ないな、じゃあかわりに、ご主人様の私が答えておくね。
 ……あのね、三美ちゃん。高田くんはいじめてほしいんだって。
 変態さんだから、三美ちゃんに弄ばれて、
 だらしなくぼたぼた射精したいんだって」

嬉しそうにそう言ったあと、また先輩の声が変わる。

「そうなんですか♪
 それじゃ、思いっきりいじめちゃいますね」

その言葉と同時に、いきなりペニスの上を強烈な快感が駆け巡った。
ぞわりっ、と全身の毛が逆立ち、声が漏れる。

「あひぃっ…!」

僕は全身を突っ張らせ、天井を仰いでいた。
快楽で気が狂いそうだった。
でも、先輩は、三美ちゃんは、そのあいだも刺激を止めてくれなかった。
なにをしているかも見えないまま、
ペニスの上をなにか気持ちよさの塊が這い回るのを感じる。

「あは、可愛らしい声。
 そんなに気持ちいいですか、こうやって筆で撫でられるの」

「ふ、で……? あ、ひぃ、いぃっ…!」

疑問の声さえ、また喘ぎにとって変わる。
自分でペニスをしごくような大きな快感とはまるで違う。
小さな快感が断続的に、絶えることなく与えられる。

「そ、私がいつも絵を描くのに使ってる筆ですよぉ。
 どうですか、大好きな女の子の持ち物でオナニーするのって?」

なんとかペニスに目をやると、本当にそこにあったのは絵筆だった。
僕を背後から抱きしめたまま、先輩は右手に絵筆を持って、それで。

ぞぞぞぞっ…!

こまかな毛先が亀頭を撫でると、小刻みな刺激が
ペニスから身体の隅々まで広がっていく。

脳みそが直接震えているんじゃないかと思えるほどの気持ちよさで、
ペニスはもちろん、舌までひくついてしまう。
舌のつけ根がささやかな痛みを訴えるけれど、
そんなものはまたすぐにやってくる快楽の波に消されてしまう。

先輩が、優しく教えるような口調で語りかけてくる。

「高田くん、気持ち良さそうだね。
 ね……筆ってなかなかすごいでしょ?
 毛先がとっても細かく分かれてるからね、その数だけ刺激できるの。
 ピストン運動と違って、刺激に切れ目がないからね。
 身体と脳を休ませる暇なく、いくらでも身悶えできるんだよ」

「んっ……は、あっ…だ……や、やめっ……」

「でも使い方が難しくてね。
 自分で触る場合だと、やりすぎないようにセーブしちゃうんだよね。
 だって、あんまり気持ちよくておかしくなっちゃうから。
 ……だけど、こうやって誰かにしてもらう場合だと加減がないから。
 頭のねじが飛んでじゃうくらい、よがり狂えるんだよ」

絵筆が竿の部分を舐めるように上下する。
かと思えば、カリ首の裏を執拗にちくちくと責めたててきて、
僕は半開きの口を閉じることもできないままに身体ごと揺れる。
また三美ちゃんの声が聞こえる。

「せんぱい、私の筆、気持ち良いみたいですね。
 良かったぁ。
 ……でも、困っちゃうなぁ。
 私、今度からこの筆で絵を描かないといけないんですよ。
 絵だってまだ完成してないのに。
 先輩のお汁でどろどろに汚れた筆で、自分の顔描かないといけないんですよ。
 そのこと、ちゃんとわかってます?」

自分のカウパーが、そして精液が三美ちゃんの顔に飛び散り、
彼女を白くまだらに染めている光景が頭のなかに浮かぶ。

「あ、おちんちんが、ぷるぷる震えてますよ。
 さわさわされて、我慢できなくなっちゃいました?
 それとも、私を精液で汚すところを想像して興奮してました?
 ……うん、知ってますよー。その両方なんですよねー♪」

今度は筆は亀頭の表面をはい回る。

「あは、カウパーいっぱい出てきてますね。
 筆の先っぽでちろちろ虐められるの、そんなに興奮しました?
 ……でも、こうするともっと良くなったりして」

筆が尿道口を丹念になぞる。
その刺激から反射的に逃れようとして身体が跳ねる。
でも、先輩にしっかりと押さえつけられていて逃げることもできない。

やがて、たっぷりと先走り汁を吸った筆先が、
ペニスの上へとねちょぬちょとなすりつけられていく。

「ぬっちょぬっちょって、音がやらしいですねっ、先輩。
 いつもは私、こんな変な音立てたりしてないんですよ。
 絵の具混ぜるのに、ちょっとぐるぐるってかき混ぜるぐらいで」

その行為を再現するみたいに、筆がカリの上あたりで小さく円を描く。
それはほんの少しだけ優しい刺激で、
でもそのせいで、僕は忘れていた射精感を思い出してしまう。
腰がひくつき、今にも漏らしそうになる。

「あっ、ダメだよ、まだ出したら」

不意に先輩の声がもとに戻り、同時に筆が肉棒から離れる。
筆先はすでに透明な液体にすっかり濡れていた。
それから先輩は、僕の耳元でその筆先をゆっくりと口に含んだ。

「……ふふっ。おいしい」

その言葉を聞いた途端、僕のなかでなにかが音を立てて壊れた。

「先輩っ……!」

先輩の腕をはねのけようとして身体が暴れる。
腰が浮き、ペニスが天を突いて震える。
もうなんでもよかった。
先輩の身体に、脚でも、胸でも、腕でも、顔でもどこでもいい。
思いきりこすりつけて、思いきり射精したかった。

でも、できなかった。
どうしても先輩の腕から逃れることができなかった。
こんなに細い腕なのに。力もほとんど入っていないのに。
なのに、その両腕から逃げることができなかった。

「こらこら、どうしたの急に」

頭のなかで血流が轟々と鳴っている。
僕は先輩から逃げられなくて、でもどうしようもなく射精したくて、
それでついに哀願していた。

「射精、させ、てください……! 射精、射精……!
 なんでもいいから、出させて…!」

「我慢、できなくなっちゃった?」

こくこくと、僕は馬鹿みたいに上下にうなずく。
ペニスには血管が浮き立ち、いまにも破裂しそうだった。
その血管のすべてに精子が詰まっている気がした。

「よくわかった?
 私だけがアナタを許してあげるってこと。
 私と一緒にいたら、他の誰と一緒にいるより気持ちよくなれるんだって」

わかった。わからないはずがなかった。
僕は、ずっとこの人のそばにいる。
そしたらずっと気持ちいいんだ。
僕が気持ち良くなって、先輩のものになって、先輩が喜んで。
それでいいんだ。なにもおかしいことなんてない。完璧だ。

「それじゃ、出していいよ。
 ……ううん、そうじゃないか。
 ご褒美に、ちゃんと私が出してあげる。
 ほら、前向いて座って。
 せっかくだから、さっきの続きしましょう。
 私が許してあげるから、可愛い後輩でオナニーしてすっきりしましょう」

先輩の絵筆が、再びゆっくりとペニスに触れる。
いたわるように、そうっと竿を撫でていく。
もう先輩は声真似なんてしなかった。
ただ優しく優しく語りかけてくれる。

「ほら、気持ちいーい、気持ちいい。
 ……ねえ、三美ちゃん可愛いよね。
 スレンダーだけど、おっぱいは意外とあるし。
 太ももとかぷにぷにして柔らかそう。
 あそこにおちんちん押しつけて、こすって、挟んでもらって」

僕はすでに身体を突っ張る力さえ失って、だらりと椅子にもたれかかっていた。
ペニスだけは先輩の愛撫でおかしなぐらい固くなったままだけど、
他はすべてが弛緩しきっていた。

視界さえはっきりしなくて、ぼんやりと白くかすみがかっている。
その雲のなかみたいな曖昧な視界のなかで、
僕は先輩の命じるままに三美ちゃんの身体を犯していた。

「次はフェラしてもらったら?
 ほら、舌がこうやって舐めまわしてくるから」

ペニスの温度が伝わったのか、筆先はほんのりと温かみを帯びてきていた。
それもあいまって、本当に舌で舐め回されているみたいだった。

「そろそろ射精しそう?
 ……うん、じゃあ出しちゃおうか。
 どこでもいいよ。三美ちゃんの身体の好きなところに。
 どこがいい?」

そんなこと考える余裕はなかった。
身体の奥から、溶けた鉄みたいに熱いなにかが腰の辺りに流れ込む。
押さえようのない射精欲求だった。

たぶん、これを止められたら本当に僕は発狂してしまう。
そう思って、必死に喘いだ。

「どこでも、いい、から……せん……ぱいっ…お願い……」

「決められない?……よしよし、そっか。
 じゃあ、私が決めてあげる。
 一番みっともなくて、一番気持ちのいい射精させてあげる。
 それはね…………髪の毛」

先輩は左手でそっと僕の両目を覆った。

「目つぶって。想像して。
 三美ちゃんの髪の毛の先っぽ。
 きっと毎日シャンプーしてリンスして。
 お手入れしている髪の毛。その先っぽでイカしてもらうの。
 ……目つぶった?」

先輩の手がそっと顔から離れる。

「さわるよ」

それだけ言って、先輩は筆をゆっくりとペニスの先っぽに当てた。
カウパーですっかり湿った筆先で、すうっとカリの溝をなぞる。
びくびくと身体が震える。
数秒も持たない、と直感する。

五、四……。
自分のなかでカウントダウンが始まる。

三……。

その瞬間、もうひとつの刺激がカリの裏側に走った。
どこに隠していたのかはわからない。
でも、それは二本目の筆に間違いなかった。

筆先はまださらさらに乾いていて、小さく刺すような快楽が
カリの裏から肉棒の芯に向けて流れ込んだ。

「はい」

その合図を聞いたときにはもう、射精が始まっていた。
全身が、がくがくと震える。
ペニスが大きく波打ちながら精液を噴出しているのを感じる。

目をつぶったままだったけれど、三美ちゃんの自画像にも飛び散っているのは想像できた。
でも止めることなんて考えられなかった。
こんな気持ちのいい射精を止めていいはずがなかった。

呼吸するのさえ忘れていて、息苦しさを覚える。
あわてて息を吸うと、空気が肺に入り込む冷たい感触さえ快感に変わってしまう。
その刺激で、最後の一滴が吐き出されて、やっと精液は止まった。

「……あぁ」

淫らさの名残を吐き出すように、僕は息を吐いた。
ゆっくりと目を開けると、そこには一枚のパレットがあった。
木製のパレットが、僕の大量の精子を受け止めて白く汚れていた。

「お疲れ様」と先輩の声がした。

先輩は器用に右手に二本の筆を挟み、左手にパレットを持っていた。
それから僕の身体から両腕を外し、正面に回る。
僕ににっこりと笑いかけて、先輩はパレットの上の精液をあらためて見せつけてくる。

「いっぱい出したね。
 想像ついてるかもしれないけどね……これは三美ちゃんのパレット。
 絵が汚れないように、ちゃんと防いであげたんだから感謝してね」

先輩の言うとおり、精液は上手く受け止められていた。
さすがに自分の服や床には幾分かはこぼれてしまっていたけれど、
三美ちゃんの自画像には少しもかかっていないみたいだった。

僕はほっとして胸を撫で下ろす。
自分がとりかえしのつかないことをせずにすんで良かった、と。

もう一度絵を見る。汚れていない。
これで良かった。
……良かったはずだ。

「残念だった?」

……あぁ、まただ。
また、僕の心を見透かしたみたいに先輩がささやく。

「汚らしい精子で後輩を汚せなくて、残念だった?」

僕は…………うなずいた。

先輩は満足げに微笑む。
そしてゆっくりと筆をとる。
とても高級なものだから、一目見れば分かる。
その二本目の絵筆は先輩の筆だった。

「私が」

先輩は自分の筆で、ゆっくりとパレットの上の絵の具をすくいとる。

「アナタの欲望を使ってあげる」

白く濁った液体が、三美ちゃんの頬にすうっと塗り込められていく。
僕の精液が、後輩の肌に染み込んでいく。
先輩は精液で濡れた筆先を咥えたまま、言った。

「アナタの汚らしい欲望を、全部私が使ってあげる。
 アナタを自由にしてあげる。
 ね、素敵でしょ?
 だから……私と一緒にいましょう?」

僕はなにも答えなかった。
かわりに、また固くなりはじめたペニスを先輩の脚にこすりつけようと、
彼女に向かって抱きよった。

先輩はわらった。
とてもいやらしい瞳で。
あるいは、とてもとても純粋な瞳で。

END