三十分後、僕は再びあの女の子の目の前に立っていた。
ここは広い花火会場のなかにある、ごくごく小さな橋の下。
この橋は会場内の穴場スポットだと聞いていたのだけれど、
実際には橋の上にはそこそこ大勢の人の気配が感じられた。
そして、その人々のなかには、涼子も含まれている。
あの後――あの射精をさせられた出来事のあとで、僕は涼子と合流とした。
彼女は様子がおかしい僕のことを心配していたけれど、なんとかごまかした。
それで当初の予定通り、橋の上までやって来たのだ。
それから「トイレに行く」と嘘をついて――僕はここにいる。
数メートル頭上に恋人が立っているのを知りながら、別の女の子と会っている。
「ちゃんと来てくれて良かった」と女の子が微笑む。
「……そりゃ来るよ。だって」
「だって、これを返してほしいから?」
女の子が手を差し出す。
その手の上に、僕の携帯電話が乗せられていた。
あの行為の最中、いつのまにかポケットから盗まれたものだった。
そして返してほしいなら、橋の下に来るように、と少女に言われたのだ。
「どうぞ、取ってください。
疑わなくていいですよ。本当にお返ししますから」
その携帯電話を取って、急いで涼子のところに戻る。
それですべて、何事もなく終わるはずだった。
なのに、僕は立ちつくして動けなかった。
「とらないんですか? 返してほしくないんですか?
私に盗まれたままだったら、悪用されちゃうかもしれないですよ。
……どうして何も言わないんですか?
どうして、と口で言いながらも、少女は楽しそうな笑みを浮かべている。
自分の予想通りに事が運んだことが嬉しくてたまらないような、
夜の花がふわりと花開くような、艶やかな笑みだった。
女の子は足音も立てずに僕の側までするすると近づいてくる。
まるで恋人同士が寄り添うように、こちらに身をゆだねて来る。
僕の身体が無意識に後ろに下がり……でもすぐに壁に行き当たってしまう。
「逃げるんですか?
それとも。力が抜けて立ってられないとか」
少女の言うとおり、僕の身体からはどんどん力が抜けていた。
いまや壁にもたれかかるようにして、かろうじて立っている状態だった。
「携帯、返してほしかったんですよね。
でも本当は盗まれて嬉しかったんですよね。
……だって、また私に会えるから。
また私にイケナイことをしてもらえるかもって期待したから」
「そんなこと………ない」
「いいですよ、そうやって嘘ついていて。
便利ですよね、お兄さんみたいな変態さんって。
自分に都合のよい言い訳さえひとつあれば、なにされたっていいんですから。
恋人さんがすぐそこにいるのに、年下の女の子に身体をすり寄せられても、
それでも自分に言い訳できるんですから」
逃げ場のなくなった僕の身体に、女の子がさらに全身を密着させてくる。
彼女は右手に握った携帯電話を、顔の横にかざしてみせる。
「ほら、本気で言い訳するなら、これを取ったらどうですか。
……できないんでしょう? 取ったら私とさよならしなきゃいけないから。
気持ちよくしてもらえるかもって思ったら、
もう最後の言い訳すらどうでもいいんですよね。
惨めで、はしたない、どうしようもないヒトなんですよね」
僕は目だけ動かして、辺りを見渡す。周囲には他の人影は見当たらない。
橋の上ならいざしらず、こんな花火も見られないような場所には誰も来ないだろう。
「いま、左右を確認しましたね? どうして?
……わかってますよ。期待したから、ですよね。
ここなら、さっきよりももっとエッチなことしてもらえるかもって思ったから」
「ち…が…………」
その言葉を僕は最後まで言い切ることができなかった。
言い終わるより早く、女の子の指がジーンズの上からペニスに触れたから。
いや、それすら言い訳かもしれない。
でも、もう思考が溶けはじめていた。
コーヒーに流し込まれたクリームのように、正常な意識が回りながらゆるくなっていく。
「いいですよ……期待に応えてあげます」
僕の心臓の上に、そっと彼女が囁いた。
それで、僕は抵抗する力のなにもかもを失ってしまった。
女の子は最初はズボンの上から、ゆっくりとペニスを揉み込んできた。
重なった布地のせいで、刺激はソフトだった。
けれどかえってそれが、ぎゅうっと柔らかな肉で包まれるような、
甘く痺れるような心地よさを生んでいた。
ペニスはすでに勃起していた。
自分では気がついていなかったけれど、きっとこの子と再会した瞬間から、
ずっと硬くそそり立っていたのだ。
ジーンズの中で張られたテントをさらに少女は丹念にさすってくる。
テントの先端を親指と人差し指でつまみ、回転させるように上下に軽くねじる。
それから左右からぎゅっと圧迫し、かと思えば指を離して焦らしてくる。
「直接、触ってほしいですか?」
答えることすらできず、僕はぜいぜいと喘ぐ。
「ちゃんと言葉にして言わないとだめですよ……っていうところですけど、
それどころじゃなさそうですね。
じゃあ大サービス♪ もっと可愛らしく喘いでくれたら、触ってあげます」
少女は今度は手のひらを竿に押し付けると、
根元から先っぽに向けて少しずつ力を加えてくる。
そしてカリの裏まで指で押さえてしまうと、また力を抜いて、
再び根元からの圧迫を繰り返してくる。
「んんっ……んっ…」と僕の口から、言葉にならない声が漏れる。
「ん、まだまだダメですね。
もっとはっきりしっかり喘いでください」
女の子は唇を尖らせながらそう言うと、いったん手を股間から離した。
それから裏筋あたりに人さし指を一本置くと、
水平方向にぐいぃっ、と思いっきり押し込んでくる。
その強烈な感覚に、思わず悲鳴ともつかない声が上がる。
「んぐっ! ん、んんんっ……!」
「はい、よくできました。
でもあんまり大きい声出しすぎると、橋の上まで聞こえちゃいますよー。
そんなことになったら大変、大変」
少しも大変そうでない口ぶりで、少女はくすくすと笑っている。
「でも、ちゃんと喘げたからご褒美です」
女の子は僕に身体をすり寄せたまま、器用に右手でジッパーを引き下げてくる。
そしてトランクスの隙間に手を入れ、硬くなったペニスを探り当てる。
彼女の手が肉棒に触れた途端、そのすべすべとした感触に反応して、
ペニスがびくんと大きく跳ねる。
そのことにも少女はまったく動じず、子どもをあやすように優しく話しかけてくる。
「はいはい、暴れないでいい子にしててくださいね。
じゃないと、気持ちよくぴゅーって射精できませんよ」
言いながら、彼女はついにペニスを僕のズボンから露出させる。
すでに漏れ出していた先走り汁が外気にふれて、ひんやりとした心地良さを感じる。
「……ああ、やっぱり」
不意に一言発して、急に女の子は含み笑いをはじめる。
今までのあざとい言動ではなく、本当におかしさをこらえきれないみたいに。
「……なにがおかしいのさ」
「いいえ、別におかしくなんか……くすっ………決して、その、ふふっ……。
ちっちゃな包茎さんなのをバカにしてたりなんか、してません、よ……あはっ」
恥ずかしさで、自分の顔が一気に火照ってくる。
言われてみればその通りで、僕のペニスは皮をかぶっている。
でも今まで誰ともエッチしたこともないし、
指摘されたことも馬鹿にされたこともなかったから、あまり気にしていなかったのだ。
「しょ、しょうがないだろ」
「ええ、ええ。しょうがないですよね。生まれつきのことですもんね。
それに、そのうち直るかもしれないですし。
……まあ、この大きさじゃ剥けるなんてことはないと思いますけど」
いまだに笑いをかみ殺しきれず、女の子は笑っていた。
「じゃあ、このちっちゃい子をたっぷりと可愛がってあげますね。
ほぅら、いいことしましょうね」
女の子は子どもの頭をなでるみたいに、指で亀頭を皮の上からすりすりとさする。
そんな些細な刺激が、今はたまらなく気持ちいい。
彼女は続けて、亀頭の裏側にまた指を当て、今度はくいくいっと上に向けて持ち上げる。
かと思えば、次はカリ首に指を置き、上からぐいぐいと押し付ける。
くいくいっ……ぐいぃ、ぐいっ………くいっ…
レバーを上下するみたいに、人さし指一本で少女は僕のペニスを弄ぶ。
それは快楽を導くのにはあまりに遠回りな行為に思えた。
それなのに、甘い蜂蜜のようなとろりとした快感が徐々に身体の中に溜まっていく。
快感が破裂しないように調整されているみたいに、
少しずつ少しずつ、着実に射精感が高められていく。
どこか遠くで、花火大会の開催を告げるアナウンスが流れる。
その放送を聞いて、少女が嬌声を上げる。
「始まっちゃいますね、花火。
彼女さん、かわいそうですよね。一人でずうっと待ちぼうけで。
それで当のお兄さんは、ここで喘いでるんですから」
そうやって僕を小馬鹿にするあいだ、女の子はすっかり手を止めていた。
じりじりと高められていた快感が、行き場を失って、
火のついた導火線のように身体中を駆けめぐる。
「今ならまだ戻れますけど………あら?」
僕はついに耐え切れなくなって、少女の手に向けてペニスをこすりつけていた。
「なにするんですか、もう……。
……そんなに、我慢できないんですか? 出しちゃいたいんですか?
恋人のことなんて、どうでもいいんですか?」
僕は……うなずいた。
一度うなずいてしまえば、あとは簡単だった。
コクコクと何度でもうなずいてみせる。
うなずくだけで射精させてもらえるなら、こんな簡単なことはない。
どうして気づかなかったんだろうか。
「どうしようもないお兄さん。
仕方ないですね……なら、出させてあげます」
女の子は親指と人さし指で輪をつくると、ペニスのカリに引っ掛けた。
握る力はけっして強くなくて、優しく、添わせるような感じだった。
でもかわりに、その手の動きはとても早かった。
指で作られたリングが、皮ごと僕のペニスをこすっていく。
何度もカリに指が引っ掛かり、そのたびに腰が砕けそうになる。
彼女の手にだんだんと力が入ってくる。
柔らかい指の腹が、僕の亀頭をぎゅうっと圧迫する。
自分の顔がだらしなく緩み、唇が半開きになっているのがわかる。
頭上から快楽そのものの液体を注がれているみたいに、恍惚感が満ちてくる。
「さ、どうぞ」
少女が急にしとやかな口調でそう言ったのと、最初の花火が打ちあがる音がしたのと、
僕が射精をこらえ切れなくなったのが、同時だった。
どくっ…! ずぴゅっ……どぷっ………びゅうぅっ……!
勢いよく精が放たれる。その様子がはっきりと見えた。
打ちあがった花火の光で、白いはずの精液が淡い桃色に染まっていた。
その桃色の光のなかで、脳の芯が麻痺してしまう。
ふわふわとした浮遊感に包まれたまま、僕はじっと立ち尽くしていた。