「いっぱい買ったねー♪」
タクシーの後部座席で、佐織が満足そうに笑う。もともとショッピング好きだから、だいぶ楽しかったみたいだ。
とはいえ「いっぱい買った」というわりには、荷物はそこまで多くない。助手席に余裕をもって置かせてもらえる程度だ。
「もっと色々買っても良かったのに」
「ふふ。でも知ってのとーり、私は悩んだり迷ったりが楽しいタイプだから♪ それに、さすがに歩き疲れちゃったし」
「……たしかにね」
あり余る敷地面積を活用したショッピング街は、お店が充実こそしていたけれど、見て回るだけでも一苦労ではあった。どちらかといえば体力のない佐織はもちろん、僕だって当然疲れた。
……ただ、僕の疲労の原因はほかにもある。精を大量に搾られたことによる気だるさが、いまも全身に残ってる。そして言うまでもなく、深い罪悪感も。
「……ホテルまで、結構かかる?」
「ええと、そうだな……20分以上はかかるよ。
……ちょっと寝る?」
佐織のまぶたが、だいぶ重そうだった。疲れにくわえて、車のほど良い振動。あとは前方のカーラジオから流れてくるゆったりしたジャズ。眠気に誘われても無理はない。
「着いたら、ちゃんと起こしてくれる?」
「そりゃ、もちろん。佐織を置いていったら、僕のザ・日本人英語でホテルの人とやりとりしなきゃいけないんだよ?」
「私の存在意義、そこかー……くすっ。でもま、だったらその通訳兼お嫁さん、置いてっちゃだめだからね?」
佐織が右手を伸ばして、僕の左手を取った。指と指を絡ませて、いわゆる恋人繋ぎをする。クーラーの効いた車内では、人肌のあたたかさが心地いい。
彼女の方もそう思ってくれたのか、安心した顔で目を閉じた。ほどなくして、ジャズに混じってかすかな寝息が聞こえはじめる。
(僕も……少し眠ろうか)
ここは海外だし、二人して熟睡は良くないだろう。でも、せめて目をつぶるだけでもして身体を休めたい。失ってしまった精力を少しでも回復させ――
「こんにちはー……♥」
脚のあいだに違和感が生じたと思ったら、次の瞬間には死神がそこにいた。
本来は人ひとりが入り込むのは難しいような狭いスペースだったけれど、背中側をすり抜けさせることで潜り込んでいた。
逆に言うと……それ以外の場所はすでに実体化してた。僕の両腿に置かれた手のひらから、体温がじんわり伝わってくる。
「あ、すみません。こんばんは、の方が良かったでしょうか……♪」
ちらりと窓の外に視線をやってから、死神が意味ありげに笑う。
すでに日は翳り、夕暮れというよりも夕闇と表現すべき薄暗さに染まりつつあった。今夜のセックスまで、残り時間はあまりない。
「……もう、やめてくれ」
佐織を起こさないようにしつつ、またタクシードライバーにも怪しまれないように、できるかぎり声を潜めて言った。
でも、死神は笑みを浮かべるだけだ。
「そう言われても、私はお仕事をしてるだけなので……♪
大体、あなたが拒めばいいだけなんですよ? 実体化さえしなければ、わたしは耳元であれこれ喋るだけの幽霊みたいなものです。なんの影響もありません。
なのに、実際は……♥」
死神が、僕の右手を取った。今朝の浴室ではすり抜けてしまったその手は、いまはたしかに僕の手首をしっかり掴み、そして……ドレスの胸元へと引っ張っていく。
「ちょ……ちょっと……!」
少し大きな声が出た。ドライバーがルームミラー越しに不思議そうにこちらを見る。慌ててなんでもないふりをしたけれど、そのときにはもう……僕の手は死神の胸にくっついてた。
黒いパーティドレスの上から、むにゅり…と乳房に指が埋まる。
やっぱりいまもノーブラだった。ドレスの薄くてさらさらの布越しに、おっぱいの感触がよく分かる。……やらかくて、おっきい。当たり前のことなのに、ただそれだけで背筋がぞくぞく震える。
「今朝ご挨拶したときから、ずっと気になってましたよね? 見ただけでとぷとぷーってすぐに情けなくお漏らしされてましたし……♥
それに試着室の中でも、おっぱいちょっと揺らしてあげたら食い入るように見つめて……ふふ♥ 可愛かったですよ♥♥」
「っ……」
「そういえば佐織さんは、そこまで大きい方じゃないですものね? 欲求不満だったんですか? なら……いま、しっかりと解消なさってください♥ 大切な人のお隣で……♥」
そんなの、できるわけない。今日同じセリフを何度唱えたか分からない。でも、今度ばかりは本当に。だって眠ってるとはいえ、すぐ隣……それこそ手を握ってる距離に佐織がいるんだ。許されるはずがない。
「さすがに負けないぞーって顔をなさってますけど……♥ それ、なんて表現するべきかご存知ですか? 無駄な抵抗、って言うんですよ。
だって……♥♥」
死神が僕の手首を持ち上げた。
服越しにおっぱいに触れていた指がいったん持ち上がり、それから……上乳とドレスの隙間へとゆっくり動かされてく。ごくり、と唾を飲んでしまう。
「こうやってわたしの身体を実体化させてる時点で、本当は……おっぱい触りたくてたまらないんですよね♥ なんなら服の上からじゃなくて、こうやって直接……♥♥」
乳房とドレスの隙間に、指が入り込んでく。ドレスの胸元の細かなフリルを払いのけるようにしながら、服と生乳のあいだに侵入してく。
(うぁ……むにゅむにゅ、って……)
手のなかで乳房が形を変えてく。重量感たっぷりなのに、触り心地はたぷたぷとどこまでも甘くやらかい。気持ちいい。
……本当はずっと、こうしたかった。死神の言ったとおりだった。一目見たときから、揉んでみたいと心のどこかで思ってた。それが叶ってる……おもっ……やらか…っ……。
「あらあら、さっそく夢中ですね……♥ ちょっとはしたないですよ? 一応、未来の救世主のパパさんなのに……♪
ああでも、どうせそんな子は生まれなくなるので構わないでしょうか……♥♥」
(ち、ちがう……ちゃんと、僕は……)
「なにか言いたげですけど、どのみちおっぱい触りながらじゃ説得力ゼロですよー……♥ 一回おさわりはじめたら、ずーっと揉み揉みしっぱなしじゃないですか♥ オナニー覚えたお猿さんみたいに、おっぱいのことしか考えてない……♥♥」
いまや死神は僕の手首さえ掴んでない。
それでも、たしかに彼女のおっぱいをまさぐるのがやめられなかった。最低だって思ってるのに、それすら暗く甘い興奮に変わってく。
「じゃあ次は、大好きなおっぱいに精液出しましょうか……♪」
「…………!」
死神が、ズボンのジッパーに手をかけた。
えっ、と思った。完全に溶けかけていた理性が、ほんの少しだけ戻る。
僕は……心のどこかで、そこまではしないだろう、と思い込んでた。いくらなんでも佐織が眠る隣で、まして運転手もいるタクシー内で射精まではさせてこないだろうと、どこかで考えてた。でも。
「はーい、おちんちんさん出ておいでー……♥」
ジッパーがあっけなく引き下ろされ、ペニスが取り出された。
運転手に気づかれた様子はないけれど、それにしたって振り向かれたらおしまいだ。なにより佐織がちょっとでも目を開けたら……。
「や、めっ……」
「そんなに心配せずに……♪
わたしのこと、他の人には見えないって言ったでしょう? そんなわたしと密着してると、あなたの存在も多少希薄になるんです。透明人間になるわけじゃないですけれど、気づかれにくくなるんです」
どこまでその言葉を信じていいか分からなかった。こんな状況にも関わらず勃起してしまっていたけれど、でもだからこそ誰かに気づかれるのが怖い。冷汗が背中をつたい落ちる。
「そんなに嫌なら、やめてもいいんですよ?
おちんちんをズボンに仕舞って、わたしを突き飛ばすなりすれば解決……♪ そのかわり、このおっぱいとはお別れですけど……♥♥」
死神が下乳を揺らした。僕の手が触れてない方のおっぱいを思いっきり持ち上げて、離す。大きな乳房が、たゆんっ…と弾んで、僕が触れてる方にまで振動が伝わってくる。巨乳がふるふる揺れて、僕の手にいっそう吸いつく。
(たしか、さっき……このおっぱいに精液、出すって……)
考えてはいけないことを、考えてしまう。途端、すでに勃起していたペニスにさらに血が流れ込む。死神の目の前で、佐織の隣で、ガチガチに硬くなってく。
「あれれ、おちんちんが逆に硬くなってますけれど……♥
いいんですか、ほら、わたしを突き飛ばさないと……♪ でないと、あなたの大切なおちんちん、食べられちゃいますよ……わたしのこの、大きなおっぱいに……♥♥」
死神が、僕の手と一緒に服の胸元をずり下げた。黒いパーティドレスの中から、色白の谷間がこぼれだす。間近すぎて、肌のきめ細かさまでよく分かる。こんな、すべすべのおっぱいに挟まれたりなんて……したら……。
「ちっとも抵抗なさらないんですね……♥
じゃあ、このまま……おっぱいで捕まえちゃいますよー………えいっ♥♥」
「あっ……!」
いったん谷間を広げたかと思うと、そのあいだにペニスをくわえこんで……左右から乳房が閉じられる。たぷんっ…♥という甘い感触に、脳が埋めつくされる。
「わ、捕まっちゃいましたねー♪ 未来を救うために守らなきゃいけないおちんちんが、死神のわるーいおっぱいに捕まって……ぎゅーっ♥♥」
ペニスの根元から先端に向かって、ゆっくり圧をかけるように乳房が押しつけられる。とろけるように柔らかい乳房が、竿や亀頭に沿って形を変える。本当におっぱいに食べられちゃってるような感覚。
とくっ、と腰の奥が収縮する。ついで、鈴口からカウパーがどろり…と溢れ出すのが分かった。それがペニスをみっちり包み込んでるおっぱいの中に、どんどんこぼれ落ちていく。これだけで、すでに射精してるみたいな気持ち良さだった。
「んふふ……おっぱいの中、ぬるぬるしてきましたよ? だめじゃないですか、自分から気持ち良くなるお手伝いなんてしてたら。
ほらほら、早くそのぬるぬる止めてください……♥ そんなんじゃすぐに出ちゃいますよー♥♥」
「……ぁ……くっ……」
実際、射精感はすでに膨らみはじめてた。今日はもう二度も、それもどちらも異常と言える量を射精したはずなのに。なのに……また出したくなってしまってる。この、最高のおっぱいの中に……。
「あ、ちょっと……♥ 自分からも腰動かしてるでしょう? 車の振動にまぎれてごまかそうとしてもバレバレですよ……♥♥」
自分でも気づいてなかった。でも、たしかにしてしまってた。座席が大きくきしむたびに、その揺れに合わせるみたいにして、腰を少し浮かせちゃってた。
たぷたぷの谷間の中に、より深くまでペニスが埋まる。竿の根元に、巨乳がむにゅり、むにゅりと押しつけられる感触がたまらない。唾液がやたらに湧いて、唇の端からこぼれてしまう。
「あーあ……♥ よだれまでこぼして……それじゃ、動物さんっていうより、発情期のケダモノですよ?
しかも発情してすることが、お嫁さんとのセックスじゃなくて、名前も知らない相手のおっぱいを犯してるだけ♥ ……ああいえ、犯されてるって方が正しいですね♥」
死神が左右から乳房をぐっと押した。ペニスに群がる乳肉が、一気に圧を増す。尿道までおっぱいに甘く押し潰されるような感覚に、思わず声が漏れる。
「あっ……あ…っ…!」
「あんまり大きな声出すと、いくらなんでも気づかれちゃいますよ♥ それに、お隣の方も目を覚ましちゃいますよ……♪」
「っ……!」
慌てて息をひそめた。佐織は……起きてない。運転手もこちらも振り向いてない。大丈夫。気づかれてない。バレてない。
……でも、そのことに安堵してる自分が嫌になる。あらためて自分の屑っぷりを思い知らされるみたいで反吐が出る。なのに、ペニスはちっとも萎えてくれない。
「そうそう……♪ 大声は控えて、可愛らしく小さな声でアンアン喘いでくださいね……♥ たとえ、どんなに気持ちいいことをされても……♥♥」
最後の言葉と一緒に、死神が唾液を垂らしてくる。谷間から顔をのぞかせている亀頭の上に、とろとろと透明な唾液が溜まってく。錯覚かもしれないけれど、まるでローションのように粘ついてる。それがカウパーと混じり合い、おっぱいの中をいっそうぬるぬるにしてく。
「はい、これでもっと……にゅっぽ、にゅーっぽ……♥♥」
艶めいた声を出しながら、死神が胸を上下させる。滑りが良すぎるせいで、下乳の隙間から亀頭が抜けそうになって……でも、ぎりぎりのところでまた乳肉の中に戻ってく。かと思えば、谷間からまた亀頭がのぞいて、そこに追加の唾液が垂らされる。
「く、ぅ…っ……」
「限界、近そうですね……♪ 子供を作るでもなければ、誰かと愛情を育むでもない、快楽のためだけのおっぱいオナニーで、どくん、どくんって漏れちゃいますね……♥」
乳房を左右交互に、こねるように動かしながら死神が微笑む。
「それとも、まだなんとかできる、と思ってますか?
たとえば……いまからでも振り払えば、おっぱいの気持ち良さだけ味わって終えられる、とか……♥ まさか、そんな甘い考え持ってませんよね……♥♥」
「…………」
見抜かれてた。いま、この状況から脱することができるのは、それしかないと密かに思ってた。でも。
「そんなの無理だって、一番よく分かってるのはあなた自身ですよね……♥
おちんちん、こんなにぎっちぎちにして……このまま終われるわけ、ないですよね……♥♥ 出したいですよね、朝からずっと見てた、このたぷたぷおっぱいに……♥♥」
死神の笑みがいっそう深くなる。
「べつにいいじゃないですか……♪
おちんちん、まだこんなに硬くできるんですから、ちょっとぐらい出しても平気ですよ、きっと……♥ なんなら、出すときにお腹に力を込めて、ちょろっとだけ出すとかでもいいですし……♥
この機会を逃したら、わたしのおっぱいは二度と味わえませんよ? この先、十年、二十年……ずっと死ぬまで後悔しつづけますよ?」
乳肉をぐいっと押し返すほどに、ペニスが一際大きくなるのが分かる。
あぁ……だめだ。
耳を、耳を塞がないと……。この声を聞いてたら……。
「だから……ほら♥
そんな後悔せずに済むように、たっぷり味わっておいてください。いまだけは、わたしのおっぱいはあなたが自由にしていいんですから……♥♥」
宙ぶらりんになっていた僕の右手が、再び死神の乳房に添えられる。生乳に指がにゅむっと沈み込む感触に、頬がにやけそうになる。
いっそ両手で揉みしだきたかった。でも、できない。左手は佐織といまも恋人繋ぎをしたままだ。それを解いたら、彼女が起きてしまう気がした。
右手が浅ましく動いて、おっぱいの感触を貪る。佐織よりもずっと大きい乳房を、こねるようにまさぐってしまう。一方で、左手には佐織の体温を感じる。あぁ……僕は、本当に……。
「ふふ、とってもいい顔になりましたね……♥
おっぱいに子種を吐き出す気まんまんの、だらしないお顔……♥♥」
死神が、僕の右手ごと谷間をぎゅっと寄せる。
左右の乳房がこれ以上ないほどにペニスに密着して、そのまま竿を這い上るようにして亀頭までをも覆い隠す。色白のおっぱいの間にできた、くっきり深い谷間の中にペニスがぜんぶ飲み込まれる。
「辺りに飛び散らないように、おっぱいで包んでてあげますね……♥
だから、いまのうちに……さ、どうぞ♥♥♥」
――どぷりっ…! どくん、どくんっ……!
鈴口までぴっちり乳肌に覆われたままの、濃く重たい射精。
手で扱かれるのとも、舐めてもらったのとも全然違う。まるで本当に漏らすかのような、甘くゆるやかな快感。それが途轍もなく気持ちいい……。
――どぷっ……! どぷりっ……どくっ、どくっ……!
「うふふ、いっぱい出てますね……♥ しっかり抑えてないと、隙間から飛び出てきちゃいそうです。ん、しょ……もっともっと、むにゅー……♥♥」
死神が脇を締めて、おっぱいの圧をさらに強めてくれる。精液でさらにぬるんだ乳肉が、にっちゃ、にっちゃ、と音を立てながら絡みついてくる。
「……ぁ……それ、すき……っ……あぁ……っ…!!」
訳も分からないまま、口走ってしまう。なにかに反応したのか、隣で佐織が小さく身じろぎした。それでも行為を中止できない。
自分でも右手を死神の巨乳に押しつけ、跡がつきそうなほどに揉みしだく。指と指のあいだからこぼれ出そうなほどに、おっきい。やらかい。こんなおっぱいに、いま射精できてる……っ…!
――びゅるっ…! どぽっ……どぷっ……!
一瞬だけ谷間から突き出たせいで、小さな噴水のように精液が飛ぶ。さすがに量は少し減っていたけれど、それでも上乳にぼたぼた振りかかり、一部はドレスまで点々と汚してた。
「出しすぎですよ、もう……♥ 一滴残らずおっぱいに出しちゃうつもりですか? まあ、わたしはそうなれば嬉しいですけれど……♥♥」
ほんのちょっとだけ出して止めれば……なんて、やっぱり甘すぎた。この女性相手に。このおっぱい相手に。無理に決まってた。
腰が止まらない。もう射精は終わりに近づいてるはずなのに、ペニスが萎えない。まだおっぱいを感じていられる。あと少し。一分でも。一秒でも。ほんのちょっとでも長く…………。
……死神がいなくなり、僕がペニスを仕舞い、そして佐織が目を覚ましたのはだいぶ後だった。もう宿泊先であるホテルが近かった。
彼女が起きる前に窓を開けたから、もう臭いは残ってなかった。いや、もし残ってたとしても、まさか隣で僕が不貞を働いてたなんて、考えるはずがない。そんなの、常識ではありえないことなんだから。
本当に、普通なら起こりえないことだった。いまさらまた、夢じゃないかと疑いたくなる。ただ、そうするにはあまりに身体の疲労は重い。下着の中の、ペニスが濡れて粘ついた感触もはっきりしすぎてる。
もうすぐディナーの時間だ。で、それが終われば……。
ズボンの中のペニスにもう一度だけ意識を向けてみる。ぐったりとうなだれたそれが、今夜のうちにもう一度大きくなるなんて想像できなかった。
でも……それでも。ちゃんと、今夜のセックスを成功させないと。佐織と、やがて生まれるはずの僕らの子供のために……。
* * *
「かんぱーい……!」
ワイングラスを小さく持ち上げ、佐織と笑い合う。
視線をかるく右に向ければ、全面窓ガラスの向こうに夜景が広がってた。ホテルの中でも最上階に近いこのレストランからは、島が遠くまで一望できる。きらきらとした光が、辺り一面に瞬いてる。絵に描いたような、幸せな晩餐だった。
――ただひとつ、僕の隣に漂う存在を除けば。
「じゃ、わたしも乾杯……♪
ふふっ、グラスを持ち上げたいところですけれど、そうすると皆さんをびっくりさせちゃいますものね」
僕の左隣でゆらゆら浮遊しながら、死神が身ぶり手ぶりで架空のワインを注いで、一飲みするフリをする。僕を煽るための行為というよりは、純粋にそういう行為を楽しんでるように見えた。
「へへー、料理楽しみだね。早く出てこないかなー」
佐織が厨房の方をしきりに見る。
もともと食べるのは好きな方だけれど、それにしても少しそわそわしてる……というか、うわついてるように見えた。その理由も、なんとなく分かってた。
……さっき、精力剤を飲んでるのを見られた。
死神に奪われてしまったものを少しでも取り戻そうと、ホテルで売られてたやつをこっそり買った。でもいざ飲んでるときに、佐織に見つかってしまった。あえてなにも言われなかったけれど。
以来、いつにもまして佐織が上機嫌だった。普段はあまりそういうことに積極的な方ではないけれど、新婚旅行中、ましてこんな素敵な夜に自分が求められることがやっぱり嬉しいんだろう。
僕も、その気持ちに応えなきゃいけない。佐織のためにも、僕らの子供や未来のためにも。そう、全部そのためだ。精力剤まで飲んだのも、なにもかもそのためで……。
「お料理、なかなか来ないですね。わたし、退屈してきちゃいました……♪」
死神が、僕の左隣から抱きついてくる。
いまや彼女の全身はすっかり実体化していて、足を踏ん張ってないと、重みで身体が傾きそうだった。でも、そんなのお構いなしに密着してくる。僕の二の腕を谷間に半ば抱え込むようにして、すりすりと柔らかい肢体を押しつけてくる……。
(………ぅ…)
ぞくっ…と、快感とも恐怖ともつかない、いやたぶんその両方を伴った震えが走った。少し遅れて、股間にゆっくりと血が流れ込むのを感じる。
「……あれ、どうかしましたか♥ 顔がこわばってますよ?
ほら、ちゃんと笑顔、笑顔……♪ でないと、佐織さんに怪しまれちゃいますよ」
誰のせいで、と言いたくなる。けど、声は出せない。
(とにかく……やりすごすんだ……)
あと少しの辛抱だった。この食事が終わるまで耐えれば、解放される。佐織と抱き合って、彼女の中に精を放てる。楽になれる。それまで耐えるんだ……。
ほどなくして、料理が運ばれてきた。
前菜、スープ、魚……と、順番に胃の中に落としていく。きっとどれも素晴らしい出来なんだろうけれど、もう味なんて全然分からない。佐織に気取られないように、もっともらしい会話をするので必死だった。
しかも、そのあいだずっと――
「わ、それ美味しそうですねー。わたしも一口欲しいなぁ、なんて……♥」
まるで恋人みたいな台詞を吐きながら、死神が僕にまとわりつき続ける。さっきみたいに腕に抱きつかれる程度じゃ済まなかった。背後から抱きしめられたり、かと思えば浮き上がって、僕の後頭部に谷間をむにゅむにゅ押しつけてきたり……。
当然のように、勃起してしまってた。セックスできるだろうかと心配してたのが嘘みたいに、ズボンの中でずっと脈打ってる。
「おちんちん、すごい状態ですね……♥ わたしのおっぱいに、あれだけどぷどぷ出したのに、またこーんなに硬くして……♥
さっき飲んでた怪しいドリンクのおかげですか? それか佐織さんを抱きたくてうずうずしてるんでしょうか。まさか……わたしとえっちしたくて勃起してる、なんてことはないと思いますけれど♥♥」
死神がテーブルの下にもぐりこんできて、僕の両脚のあいだから顔を出した。テーブルナプキンでかろうじて隠してるズボンの膨らみが、するすると撫でられる。ペニスが一際大きく、びくんっ、と跳ねた。
『……お願いだから、もうやめてくれ』
佐織の目を盗むようにして、唇の動きだけでそう言った。その言葉はどうやら伝わったようだけれど……小さく微笑み返されただけだ。
「そうやってお願いされるのも、こう答えるのも飽きてきましたけれど……ふふっ、ごめんなさい。わたしも仕事なので……♪
ただ……そうですね。逆にこういう考えもできますよ? わたしがあなたにこうやって付きまとってるのは、所詮は仕事でしかないんです。佐織さんからあなたを奪って自分のものにしたい、なんて思っていません」
「…………」
「だから、あなたが本当に今夜子作りをしてしまえば……この仕事が失敗に終わってしまえば、わたしは二度とあなたの前に現れません。良かったですね……♪
そのかわり……わたしと気持ちいいことをするチャンスも、二度となくなってしまいますけれど……♥ そんなの、些細なことですよね……♥」
死神が僕の股のあいだから浮き上がり、両脚を開いてまたがってくる。対面座位のような格好で抱きつき、全身を押しつけてくる。
眼前で、あの色白の巨乳がふるふると揺れる。僕の下腹部にはスカートがふわりとかぶさり、その下では股間に彼女のあそこが押し当てられてる。ペニスが震えっぱなしで、腰の奥がむずむずする……。
(あぁ……っ…)
射精感が湧き起こる。このまま出ちゃいそうだった。もしそうしたら、どんなに気持ち良いだろうかとも考えてしまう。いけない、のに――
「……ね、大丈夫? 顔、真っ赤だよ?」
「…………!」
佐織が心配そうに、こちらをのぞき込んでた。
死神に抱きつかれたまま、その肩越しにかろうじて佐織と目を合わせる。とても不安そうな顔だった。純粋に、僕の身を案じてる表情。
その顔を見た瞬間――すぅっ…と情欲が鎮まってくのを感じた。
こんな良い子を、僕は裏切ろうとしてた。その事実がいまさら胸を打つ。なんてことをしようとしてたんだ。
「あ、うん……ごめん。ぼうっとしてたかも」
「もー、無理しちゃだめだよ? その……なんか、さっき飲んでたのも、そういうの……だったし……や、気持ちは嬉しいんだけど、ね……でもほら、身体に負担とかあったら……」
佐織がうつむいたまま頬を赤らめて、言葉を選んで喋ってる。その様がすごく可愛らしくて、それで……死神の方から意識が逸れてた。黒いドレスをまとったその腕が、テーブルの上に伸びているのに気づくのに、わずかに遅れて。
――ガシャン!
ガラスの割れる音がした。
ワイングラスが倒れて、その薄い飲み口が割れた音だった。死神の仕業。
グラスに残っていた赤ワインがテーブルの上を流れて、僕の方に垂れ落ちる。死神の身体をすり抜けて、僕の股間にかかる。
かなりの量だった。かけていたテーブルナプキンをたやすく貫通して、ズボンの上に暗い赤の染みが広がってく。
「わ、びっくりしたー……。怪我は……してない?
ならいいけど……服は、さすがに洗ってくる?」
「……そう、だね」
苦々しく呟いた。
目の前では、死神が悪魔めいた笑みを浮かべてる。
「ごめんなさい、ついうっかり……♪
でもほら、早く洗わないと取れなくなっちゃいますよ?」
いまさら多少洗ったところで、綺麗になるとは思えなかった。
ただ、他のお客さんの視線も集めてしまってるし、このまま無視して食事を続けるわけにはいかない。一回、席を立たないと。……佐織のそばを、離れないと。
立ち上がった僕の肩に手をついて、死神が囁いてくる。耳元に、吐息たっぷりの甘い言葉を流し込んでくる。
「それじゃ、行きましょうか……♥
他の人に邪魔されない、二人っきりになれる場所へ……♥」
男子トイレは無人だった。一流ホテルの中だけあって、清掃も行き届いてる。
レストランの喧騒はかすかに届くけど、その対比でむしろこの空間の静けさが強調されてた。カツ、コツ、と足音を響かせて……個室に入る。鍵をかける。
便座に蓋をしたまま、腰かけた。赤ワインで染まってしまったズボンと下着を脱ぐ。出てきたペニスは……どうしようもなく硬くなってた。
「くすっ……おちんちん、どうしたんですか? ここには佐織さんもいないのに、ましてベッドの上でもないのに大きくして……♥」
死神が、ふわりと空中から舞い降りて……僕の脚のあいだに座り込む。ついで、音を立てて「ちゅ…♥」とペニスに口づけた。
「でも、この方が汚れを落としやすくていいですね……♪
お洋服と一緒で、ワインが染みになったら大変ですものね……んっ、れろり……♥」
「う、ぁっ……」
たやすく声が漏れた。死神がペニスをじっくりと舌でねぶりながら、頭の中に話しかけてくる。
『随分と素直に声を出すんですね……♪ 誰かが来ないって保証はないんですよ、いいんですか?』
「もう、いい……」
乾いた呟きが漏れる。もう、本当にそんなことはどうでも良かった。
だって、悟ってしまった。僕は……逃げられない。この死神に目をつけられた以上、どう抗っても意味がないんだ……。なら……。
『それはつまり、わたしといますぐにシたい、ということですね……♥ お嫁さんより、お子さんより、平和な未来より……おちんちんを気持ち良くしてほしい、と……♥♥』
舌を伸ばして、鈴口をぴちゃぴちゃと叩くように舐めながら死神が訊いてくる。
こくり、とうなずく。
「……ふふっ、そうですか♥」
死神がまた浮き上がり、さっきレストランでそうしていたように僕にまたがる。
黒いドレスのスカートの下で、ぬるんだ肉が竿に当たってる。下着を穿いてない。
それに、まだ入れてもないのに分かる。この穴の中は、最高に気持ちいい。とろとろに濡れたあったかい肉が、僕のものを受け止めてくれるはず……。
「では、ご期待に応えましょうか♥ あなたの精液を一滴残らず、わたしのナカに……♥♥♥」
音もなく死神が身体を浮かせてから……一気に腰を落とした。亀頭にぬぷっ、と生あたたかい感触が走ったかと思うと、すぐさま竿に膣肉がぬるぬる擦れる。
「……ぁ……あぁ……っ…」
甘い痺れが全身に走る。佐織以外にも女の子と交わったことはあるけれど、その誰とも違う。膣自体が意思を持っているかのようにペニスに吸いつき、きゅっ、きゅっ…と優しく搾ってくる。我慢しようにも、身体のどこに力を入れていいか分からなくなる。
「いかがですか、死神とのセックスは……♥ とっても良い具合でしょう? まあわたし達はけっして孕まないので、どれだけ出しても無駄打ちですけれど……♥♥」
死神がわずかに浮遊しながら、腰を上下させる。彼女の体重をほとんど感じることなく、ペニスを包み込む柔肉だけが、にゅっぽ、にゅっぽ…と甘く擦れる。まるで雲の上で交わってるかのような、ふわふわした心地良さ。
「お顔、すっかりとろけてしまいましたね……♪ いつもの台詞、言わなくていいんですか。『やめてくれ』って、懇願しなくていいんですか……♥
べつにいまからだって逃げられますよ? このがっちがちになったモノをわたしから引き抜いて、かわりに子作りセックスに使えば、まだ間に合います♥」
「そんな、の……無理に……決まって……」
「……そうでしょうか♥
なんだか諦めてるご様子ですけど、やってみないと分からないじゃないですか。ほら、ちょっとだけサービスしてあげます……♪」
死神の腰が、一際大きく持ち上がる。ぬるぬるの穴から、竿がゆっくりと抜けていく。外気に触れた根元部分がひんやりする。それでも、彼女の腰は止まらない。竿の半ば以上、亀頭までもがいまにも抜けちゃいそうに、なって……。
「……っ……やめ、て……!」
小さく叫んで、死神の腰を掴んでしまった。両手で力いっぱい、その身体を僕の股間に引き寄せる。
またペニスが深々と、彼女の中に埋まってく。同時に、僕の太ももの上にむっちりしたお尻が当たる。顔がにやけるのが、止められない。
「あらら……引きずり下ろされちゃいました♥ せっかくサービスしてあげたのに、自分から犯されたがってるじゃないですか……ふふ、最っ低ですね……♥♥」
死神に嘲笑されるけれど、いまやそれさえ快感にすり替わる。背筋が震えっぱなしで、射精感が急激に大きくなる。
それに合わせるみたいに欲望がさらに膨れあがる。腰を掴んでた両手が、するすると彼女の身体を滑りおりて、ドレス越しにお尻を撫でてしまう。
「あ、もう射精する気になってるでしょう……♥♥ 人のお尻を欲望のままにさすりながら、絶対に子作りにはならない、オナホ代わりの穴にどっぷ、どっぷ……♥♥」
死神の一言ごとに、腰の奥がひくひくと蠢く。亀頭が何度も膨らんで、そのたびに膣肉を押し返しては、すぐまたねっとり絡みつかれる。
お尻をまさぐる手が激しくなる。さらさらのドレスの生地にべったり手のひらを押しつけて、臀部の丸みを味わう。薄い布越しに感じる柔らかさが、本当に気持ち良くて、それでもう……っ…!
「くすっ……♥ いいですよ、それ……出しちゃえ♥♥♥」
――どくどくどくっ…!! どぷっ、どくんっ……びゅるっ……!!
ペニスがとんでもない勢いで脈打って、精液を何度も何度も吐き出す。
見えなくても分かる。信じられない量だった。人間相手なら間違いなく一発で妊娠させられそうな、濃く大量の精液。それをただただ快楽のためだけに、色白の美しい死神の中にぶちまけてく。あぁ……でも、いい……っ…!
「素晴らしい量ですね……♥ あの怪しげな精力剤の効果もあるんでしょうか……♪ でも、せっかく頑張って作って溜めた精液も、結局ぜんぶ無意味……♥」
僕の首に両手を回した死神が、顔を耳元に近づけてくる。囁かれる。
「なんて……違いますよね?
本当は精力剤だって、わたしとえっちする機会を逃さないために飲んでたんですよね……♥ こうやって、びゅるるるーっ♥って、いっぱいわたしに射精するために……♥♥」
「……ぁ……あっ……」
そうだったのかも、しれない。……きっと、そうだった。僕はこの死神に、精をたっぷり放ちたかった。今日いちにち、それしか考えてなかった……っ…。
――どくんっ…! どぷ、どぷっ……どぷりっ……!
「念願叶って良かったですね……♥ 普通の人が大好きな種付けセックスなんかより、あなたはわたしの中に子種を捨てちゃう、台無しセックスが好きなんですね……♥♥ みっともなさすぎて、むしろ可愛いです、ふふふっ♥」
そうやって笑いかけられると、惨めなのにペニスがまた硬くなる。さんざん射精したはずなのに、まだ硬さが失われてない。いまも、精液ともカウパーともつかない粘液が、とぷ、とぷ……と、ゆったり膣内にこぼれてるのを感じる。
「まだまだ出せそうですね……♥
ええ、もちろん構いませんよ。わたしは、あなたの子種を一滴残らず絞り尽くすのがお仕事ですから。望むかぎり、いくらでもしてあげます……♥」
死神が、ペニスが抜けない程度に浮き上がる。そうして僕の目の前に谷間を持ってきたかと思うと、ドレスを引き下ろして胸をはだけさせた。真っ白なおっぱいと、色素の薄い淡いピンクの乳首……。
「お食事の途中でしたから、まだお腹すいてますよね……♪ さ、どうぞ……♥♥」
なにをどうしろと言われるまでもなく、頭が前に動いてた。乳首に吸いついて、しゃぶる。
佐織よりもずっとずっと大きい、たゆんたゆんのおっぱい。吸いついてるあいだも、唇の周りに乳肉が当たるのがたまらない。射精前と同じか、それ以上にペニスが硬くなっていく。
「ほらまた、すぐおっきくして……♥ 赤ちゃん作るどころか、自分が赤ちゃんになって、ちゅぱちゅぱ……♥♥ あーあ、こんな人はやっぱり救世主のパパさんには相応しくなかったですね……♪」
「うぅ……っ…」
涙が出そうなほどに情けない。なのに、そんな情けない自分をさらけ出しているのが気持ちいい。頭の中がぐちゃぐちゃで、でも幸せだった。
「よしよし……♥ 仕方ないですよね……♥
こんなえっちな存在がずっとそばにいて、あなたをずっと誘惑してくるんだから、負けちゃってもしょうがないですよね、うんうん……♥♥
相手に愛してもらってるわけでもない、浮気以下のオナニーセックスでも、精液どぷどぷしたくなっちゃって仕方ないんですよね……♥♥」
僕の後頭部をゆったり撫でながら、死神がまた身体を下ろしてく。ペニスがずぷずぷと割れ目に埋まってく。
「なら、しょうがないんだから、もっと出しちゃいましょう……♥ 一日ずっと我慢してたんだから、まだまだえっちな気持ち、溜まってますよね……♥♥ わたしにぶつけちゃいましょう……♥♥♥」
――どくんっ……! どぷっ、どぷっ……とぷり、とぷんっ……
「そうそう、その調子……♥ とっても素敵ですよ……♥」
死神が僕の首筋に「ちゅ……♥」と口づける。僕は彼女の艶やかな黒髪に鼻先を埋めて、そのやらしい匂いを嗅ぐ。
――どぷっ……どくっ、どくっ………とぷ、とぷ、とぷ……
奇妙な安心感に包まれたまま、精を放つ。ゆっくりと長い、とても幸せな射精。
すべてを投げ捨てて、快楽だけを選んだ、甘い甘い毒林檎のような時間。
いつまでも、こうしていたい。
永遠に続かないことは分かっているけれど、たった一晩の夢だと分かってはいるけれど。それでも。できるなら、ずっと…………。
――そうして、新婚旅行3日目の夜は過ぎ去った。
佐織とのセックスは、当然上手くいかなかった。というよりも、そもそも行為に至らなかった。
トイレから戻ってくるのが遅かったことも、僕が異常なほどに疲れていることも、体調が悪いんだと佐織は受け取った。ものすごく心配された。夜の営みがどうこうなんて雰囲気には、なりようもなかった。
後ろめたさで、ひたすらに吐き気がした。できるのはベッドに倒れ込み、泥のように眠ることだけだった。
でも、これで今日という日が終わった。
もしかしたら未来は破滅してしまったのかもしれないけれど、そんなこと僕には知りようがなかった。ただ、ひとつ決まってるのは――
* * *
浴室で、パァン!と自分の両頬を強く叩いた。それから冷水にしたシャワーを手ですくい、顔にさらに打ちつける。まどろんでいた意識が、やっとはっきりしてくる。
佐織はまだ眠ってる。
その顔を見たら、その声を聞いたら……決心が揺らぎそうで怖かった。だからこうして、一人で浴室に籠ってた。
「…………」
昨日のことは、すべて覚えてた。残念ながら、死神がいなくなれば記憶も消えるとか、そういうことは起こらなかった。だから当然、自分がしでかしたことも覚えてる。僕は、許されないことをした。
だから、その責任を取る必要があった。
死神の存在は、誰も知らない。それでも、僕が僕自身を許せなかった。自己満足だと罵られようと、罰を受けなきゃいけない。
佐織と――別れるべきだ。
あんな過ちを犯してしまうような人間が、佐織みたいな良い子と一緒にいてはだめだ。彼女は理由も分からず泣くだろうけれど……それでも、僕は。
奥歯を噛みしめて決意を固め、そして視線を上げると――
「おはようございます……♪」
死神がいた。
「っ…………な、んで……」
「……ああ、やっぱり。ひょっとしたら勘違いなさってるかも、と思って説明に来たんですけれど……ふふ、思った通りでしたね。
べつに、昨日で終わりだとは言ってませんよ?」
嘘だ。言っていたはずだ。昨日が終われば、もう現れない、と……。
「わたしは、あなたが佐織さんとちゃんとセックスできたら、仕事は失敗なのでもう来ない、と言っただけです……♪
でも、昨日はそうはなりませんでしたよね……誰かさんのせいで♥」
「…………そう、だとしても。
だって昨日、佐織は妊娠しなかっただろう。未来を救うっていう子供も、生まれないんだろう……?」
未来の救世主が生まれないなら、この死神が僕に付きまとう理由だってもうないはず。
「ええ、たしかに救世主は生まれないですね――いまのところは♪」
「え……?」
呆気に取られた僕を置いて、死神がシャワーヘッドを手に取った。それからもう片方の手で、スイッチを冷水から温水に切り替える。
「たしかに本来は、昨日の子作りで救世主が生まれてました。なんとか未遂に終わりましたけど。
でも……それで世界がどう変わったのかは、誰にも分かりません。ひょっとしたら、かわりに今日のセックスで救世主が生まれちゃうかもしれません。あるいは明日、明後日……ひょっとしたら来週、一ヶ月後、一年後……。
だったら、その可能性をぜんぶ殺しておかないと……♪」
「……待って、ほしい。僕は、もう佐織とは別れ――」
「あ、そういうのはちょっと困ります……♪ 未来が不確定になりすぎて、別の救世主が出てきちゃうかもしれないので。
だから……♥」
死神がシャワーを自分に向けた。
さぁっ……という水音とともに、黒のパーティドレスが濡れていく。ボディラインをくっきりと浮かび上がらせながら、手足やお腹……そして、胸元を透けさせていく。
「あなたと佐織さんの関係はそのままに……これからもずっと、わたしに子種を吐き出してください♥」
ホテルの狭い浴室に、昨日の朝はなかった甘い匂いが立ち込める。目の前の身体から目が離せない。ペニスが持ち上がってく……。
「わたしはこれからも、ずっとずっと一緒ですよ……♥
あなたのおちんちんが、わたしに愛を誓ってくれるかぎり、永遠に……♥♥」
END