カノジョの絵の具(前編)

「あれ、高田くんだけなんだ?」

背後から声がして、あわてて僕は振り向いた。
入ってきたのは美術部の先輩の青山さんだった。
美術室の扉を閉めながら、青山先輩は少し不思議そうにこちらを見る。

「それ、矢崎さんの絵?」

指摘されて、心臓が跳ね上がる。
僕が見ていたのは、イーゼルに置かれた一枚の絵だ。
それは後輩の矢崎三美ちゃんの自画像だった。
自分がいま、恋している女の子の顔だった。

「あ……はい、その、あれです。ちょっとデッサン狂ってないかなって」
「そっかな? 私にはあんまり分かんないけど」

僕の下手な言い訳を、青山先輩はとりあえず信じてくれたようだった。
少し考え込むように、しばらく三美ちゃんの絵を見つめている。
それから急に、さて、と言って先輩は顔を上げた。

「今日は私たちだけ、なのかな?」
「たぶん、そうですね。一年生は旧校舎の大掃除らしいんで」

美術部に在籍している二年生は僕ひとりだけだ。
そして三年生はと言えば、推薦が決まっている青山先輩以外は、
二学期に入ってからはまともに姿を見せていなかった。

僕の返事を聞くと、先輩はなぜか嬉しそうに笑った。

「じゃあ、せっかくだし今日はお互いのデッサンでもしない?
 高田くんは私を、私は高田くんを描く。
 三十分交代で、それぞれモデルになるってことで」

     * * *

鉛筆が紙をこする音だけが響く。
座った先輩の身体を、大まかな当たりをつけて紙に写し取っていく。
先輩はニコニコとして、やけに楽しそうに座っている。

デッサンという形にしろ、先輩の姿を描くのはこれが初めての体験だった。
制服のブレザーの上からでも、その身体つきの良さが分かる。

肉感的というよりも、流麗とか優美といった言葉の似合う肢体だった。
なめらかな肩の曲線や、細くて長い指、身体のどの部分をとっても美しく整っていた。

少しだけ開いた窓から風が流れ込み、カーテンを揺らす。
それに合わせて、わずかに翳りはじめた日が、先輩の顔を白く照らす。
先輩はちょっとまぶしそうに目を細める。
その表情が、妙につややかで、僕は思わず唾を飲み込んでしまう。

いちど意識してしまうと、目は次々と先輩のいやらしい部分を探ってしまう。
少しだけのぞく鎖骨や、すべすべした太もも。
そんなところを視線がすべっていく。

「高田くん、手止まってるよ?」

先輩が小首をかしげて、こちらを見ていた。

僕はあわてて作業に戻る。
これはデッサンだぞ、と自分に言い聞かせながら、僕は鉛筆を動かす。
あえて肌の露出していない腕や肘を描き、余計な意識が入らないようにする。

しばらくはそれで上手くいっていた。
でも、上半身を大体描き終えて、下半身に移ろうとしたときだった。

……気のせいだろうか。
ほんの少し、先輩の両ももが開いているような気がした。

気がついてしまうともうダメだった。
今度は太ももから目が離せなくなる。

光を跳ね返すきめ細やかな肌、椅子の形にあわせて柔らかく形を変えている肉。
膝から足首に向けてなめらかに細くなるライン。
そんなことばかりが気になってしまう。

「どうかした?」
「ひぁっ…! あ、う、いえ、なんでもないです」

僕の返答は、自分でも情けなくなるぐらい動揺した声だった。
耳の後ろで、血がドクドクと流れる音がする。

「……そ? あ、そうだ、一回伸びしてもいいかな?」
「は、はい。どうぞ」

ありがと、と笑うと、先輩は座ったまま腕を上に伸ばし、大きく背伸びする。
かわりに胸が突き出されるような恰好になり、またそこに目がいってしまう。
先輩の胸は大きくて、制服の上からでもはっきりと存在を主張していた。

「あー、気持ちいい」

本当に気持ちよさそうに青山先輩は呟く。
でも、今はなんだかその声さえ、淫蕩にとろけた声に聞こえてくる。

「なぁに? ほうけた顔してるよ」

言われて、僕は自分がだらしない顔になっていると気づく。
とっさに頬を引きしめたけれど、先輩はそんな僕を見てまたくすくすと笑う。

「じゃ、続けよっか」

先輩に促されて、またデッサンを再開する。
でも、いまや先輩を見る目はすっかり性的な目線になってしまっていた。

長い髪の毛の隙間から見える小さな耳や、ほんのわずに赤みの差した頬、
爪の先まで丁寧に手入れされた綺麗な指。
それらが全部、欲望の対象にしか見えない。

もしもそこに自分のペニスをこすりつけたら、あるいはこすってもらえたら、
そんな妄想さえ浮かんでくる。

どうかしてる、と自分でも思う。
でも体の奥から強烈な性欲が湧き起こってきて、どうすることもできなかった。

おかしい、なにかがおかしい。
先輩みたいな美人と二人きりでいることで興奮してしまっているのだろうか。
それとも、僕がたんに欲求不満なのだろうか。

後輩の三美ちゃんを好きになってからというもの、彼女を裏切るような気がして、
あまりオナニーさえしていなかった。そのツケが来たのだろうか。

そこで不意に、僕はあの絵の存在を思い出す。
青山先輩の一メートルほど後方には、後輩の三美ちゃんの自画像が置かれている。
ほとんど完成しているその絵は、たしかに彼女の面影を有していた。
でも、僕はいまは絵のなかの彼女を正視できなかった。

「高田くん?」

また先輩の声で現実に引き戻される。
というよりも、先輩の肢体に引き戻されたと言うべきかもしれない。

「ちょっと描くの疲れてきた?もうちょっとで交代だから頑張って」

時計を見ると、すでに二十分以上が経過していた。
なのに、僕のデッサンは途中からほとんど進んでいなかった。

とにかくもう少しは進めないと。
僕は自分の心に鞭打って、描きかけだった下半身に取りかかる。

……でも。

ああ、いつのまにだろうか。
僕が三美ちゃんの絵に意識を奪われていた隙にだろうか。

先輩の両ももは、さっきよりもさらに大きく開いていた。
短いスカートが股の間に広がって、股間はさすがに隠されている。
でも、僕がかがめばその奥がきっと見える、そのぐらいはっきり開かれていた。

僕はそのふしだらとさえ言える恰好を注意すべきだったかもしれない。
あるいは、モデルが姿勢を変えちゃダメですよ、と指摘すべきだったかもしれない。
だけど実際には、ただその両脚の間を凝視するばかりだった。

そんなはしたない姿勢をとっているのに、
不思議と先輩はしとやかな空気をまとっていた。
股をだらしなく開いているのに、天使のような笑顔をしていた。

僕はついに勃起してしまう。

先輩の見ている前で、三美ちゃんの自画像の前で、股間をふくらませてしまった。
先輩は相変わらず微笑を浮かべていて、
僕が勃起したことに気づいているかさえ分からない。

「ほら、早くしないと」

早く? 早くなにをすればいいんだろう?
思考がふらふらしてまとまらない。

ああ、そうだ。デッサンをしないと。
でも、この線は消さないと。
だって、先輩の脚はこんなにきつく閉じてない。
ああやって開いているじゃないか。

ぼんやりした頭のまま、消しゴムをかけようとして……それを取り落とした。
消しゴムはコロコロと転がって、先輩の足元で止まる。

「あ……」

「どうしたの? 拾いに来ないの?」

身体が硬直して動けない。
なのに、ペニスは痛いほどに勃起している。
先輩は粉砂糖みたいな甘く軽い声で僕に語りかけてくる。

「私はモデルさんだから。動いちゃいけないんだから。
 だから、高田くんが自分で拾いにきても、
 拾うためにかがんでも、全然おかしいことじゃないんだよ?」

その言葉に後押しされるように、僕はふらふらと立ち上がった。
勃起した股間を隠すために前屈みのままで、先輩に近づく。
ふわりと、シャンプーか香水か、とても心地の良い香りがする。

先輩の目の前で、ゆっくりと膝を曲げていく。
視線はまだ床に向けたまま。

そして消しゴムを拾い、立ち上がるために足に力を入れる。
それから視線を上げて、先輩の脚の間を……。

「はい、時間切れ」

いきなり先輩は立ち上がった。
僕の視線は、虚しく椅子の背に突き当たる。

あとほんの一瞬、先輩が立ち上がるのが遅ければ。
ほんの一瞬早く、僕が顔を上げていれば。
きっと、きっと見えていたのに。
先輩の下着が。パンツが。薄い布で覆われたあそこが。

自分が最高の機会を失ったことを悟り、僕はしばし呆然としていた。
でも、先輩はかまわず話しかけてくる。

「さてと、じゃあ交代だね。さ、自分の席に戻って戻って」

先輩は僕の手を引いて立ち上がらせる。
僕はひどい虚脱感にとらわれていて、先輩のされるがままだった。

でも、それなのにペニスは勃起をやめていない。
先輩に手をとってもらったときには、
そのすべすべした手の感触だけで、ペニスの根元がひくつくのが分かった。

「モデルさんなんだから、しゃんとして」

放心しながらも、それでもいつもモデルをしているときの癖で、
椅子に座ると自然と姿勢を正してしまう。
今度は、僕が先輩に描かれる番だった。

     * * *

数分が過ぎた。

やがてゆっくりと、あの奇妙な欲望の波は引いていった。
役割が交代したことで、先輩を見つめる必要がなくなったのはありがたかった。
僕は努めて先輩を見ないようにして、かわりに三美ちゃんの自画像を見つめていた。

三美ちゃんは、ぱっと見は大人しいタイプの子だ。
美術部のなかでも、最初はとても内気で、周りともあまり会話が弾んでいなかった。
それを心配してなにかと声をかけるうち……いつしか彼女が気になる存在になっていた。

でも、本当に好きになったのは、じつはとても明るい子なのだとを知ったときだ。
三美ちゃんは、気の許せる人の前でだけは、じつに天真爛漫な様子を見せる子だった。
はじめて嬌声を上げて笑い転げる三美ちゃんを見たとき、理由もなく心奪われてしまった。

ぼんやりと三美ちゃんの自画像を見ていると、
次第に本当にそこに彼女が座っているような気がしてくる。

三美ちゃんは、先輩に比べると身体つきは幼い。
まだ一年生だから、というのもあるだろうけれど。
でも、だからといって魅力が劣っているわけじゃない。

あの柔らかそうな頬や、弾力のある太もも。
小ぶりな唇や、うなじのライン。
そのどれもが、僕の心を捉えて離さなかった。

毎晩、彼女の身体を想像してオナニーしたくてたまらなかった。
だけど、子供っぽい考えだと分かってはいるけれど、
彼女を汚すような気がして我慢した。

本当は射精したくてしたくてたまらなかった。
あの絵を持ち帰って、そこに精液をぶちまけてしまいたいくらいだった。

ペニスが脈打っているのが分かる。
精液が行き場を求めて身体のなかで渦を巻いている。
すっかり硬くなったペニスが、ぐにぐにと押さえつけられる。
その感触で、僕は、いまにも。

「高田くんってば」

先輩の顔が間近にあった。
吐息がかかるほどの距離で、先輩が僕の顔をのぞき込んでいた。
右手を僕の肩にかけて、そして左手を僕の股間において、僕のことを見つめている。

「せん…ぱい……?」

「やっと気がついた?
 高田くん、ずっとぼうっとしてるんだもん。
 もっと近くで観察してもいい?って聞いても反応しないし」

「観察って……あ、う……て、手が……」

先輩の左手は、僕のペニスを真上からしっかりと押さえつけていた。
手の平の膨らみが、ちょうど亀頭にかぶさっていて、
先輩はそこにどんどん体重をかけてくる。

ぐりぐり、ぐにぐにと、先輩の柔らかい手の平がペニスを押し潰す。

「先輩、なに、して……」

「だから観察。まつ毛の形とか、耳の形とか、近くで見ないと分からないからね。
 なんでもよく観察しないと」

こうなってるんだぁ……と言いながら、先輩が僕の耳をのぞき込む。
先輩の温かい息が耳に触れて、それから不意に先輩はペニスに爪を立てた。

耳からの優しい刺激と、股間の強烈な刺激と、
その二つが同時に身体のなかを走って、それで……糸が切れてしまった。

「あっ…うっ……ああっ…!」

肉棒が小刻みに跳ねて、先輩の手の平を打ちつける。
その一打ちごとに、精液がどぽどぽと鈴口から吐き出されていく。

その間も、先輩の手の平は、さっきよりもずっと優しい力で
ふにふにとペニスを刺激していた。
まるで亀頭を、いい子いい子と撫でられているような、不思議な心地良さだった。

どうぞここに打ちつけなさい、吐き出しなさい、とでも言いいたげな手の動き。
それに甘えるようにして、何度も何度も、精液をどぷどぷと漏らし続けた。

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