36℃のお人形

深夜に目が覚めた。
部屋のなかは暗く、最初はなにも見えない。
ただ、かすかにシャンプーの匂いを感じる。

やがて暗闇から、女性の顔がぼんやり浮かび上がってくる。
目鼻の輪郭のくっきりとした、まるで人形みたいに整った顔だった。
名前は木下静佳(きのしたしずか)という。

安らかな顔で木下は眠っていた。
寝息はひどく規則正しい。
小さなベッドに二人が寝ているから、
身体はどうしても触れ合ってしまう。
いまも俺の足が、木下の足首に絡んでいた。

そうっと足を引き抜く。
すべすべの肌がこすれる感触がたまらない。
思わず息が荒くなる。
吐息がかかって木下のまつ毛が揺れる。
でも起きる気配はなかった。

ためしに寝巻きの上から肩のラインを撫でてみる。
なめらかな布地の感触が心地いい。
そのまま腕をたどり、華奢な手首をなぞってみる。
木下はかすかに眉根を寄せただけだった。

ペニスに血がゆっくり流れ込んでしまうのを感じる。
窓からこぼれ入った月明かりで、彼女の唇が艶やかに光る。
いますぐこの身体を抱きしめたかった。
口づけしながら全身をこすりつけて果てたかった。

しようと思えばそれができた。
だけど、絶対にしてはいけない。
それだけは……だめだ。
 
 
 
     * * *
 
 
 
木下静佳がやって来たのは一週間前だった。
住んでいた学生寮を引き払い、ボストンバッグに荷物を詰め込み、
前触れもなく俺のアパートにやって来た。
そして「ダッチワイフになるからここに置いて」と言った。

断った。意味が分からなかった。
そもそも木下とは深い付き合いがあったわけじゃない。
大学院で同じ研究室に在籍しているというだけだった。
それに俺には恋人がいる。来年には挙式まで予定してる。
誰かと同棲なんてありえなかった。

でも、木下はそんなことは全部知っていた。
さらには、俺が重要な学会発表を控えているのも知っていた。

そのうえで木下は言った。
「もし置いてくれないなら、レイプされたって言い回るね」

木下の嘘を周囲が信じるかはわからない。
だけど、疑惑の目を向けられるだけでも終わりだった。
発表は正当に評価されず、今後ずっと日陰者の研究者になるだろう。
だから……提案を受け入れるしかなかった。

俺がうなずくのを見て、木下は嬉しそうに笑った。
「ありがとう……でも安心してね。
 私はここに置いてくれさえすればいいの。
 無視しても、殴っても、性欲処理に使ってくれてもいいの。
 私は何もねだらないし、何も文句も言わない。
 物として、道具として置いてくれればいいから」

……以来、木下は毎日ここで寝泊りしている。
約束どおり、彼女はなにも要求しなかった。
昼間はどこかに出かけ、夜になると合い鍵で部屋に戻ってくる。
あとは朝になるまで眠りつづける。

俺は木下を追い出すこともできず、
かといって恋人を裏切る真似ができるわけもなく、
寝苦しい夜ばかりを繰り返してる……。
 
 
 
     * * *
 
 
 
真っ暗ななかで誰かと抱き合っていた。
辺りは本当に暗くて、相手の輪郭さえわからない。
あまりに深い闇のおかげで、これが夢なんだとおぼろげに悟る。
悟った途端、心がゆるんでいくのを感じる。
この一週間感じつづけていた息苦しさが消えていく。
唇の端がにやついてしまう。

どこかで嗅いだ覚えのあるシャンプーの香りのなかで、
女の身体をかき抱く。
手の平だけじゃなく、指の隙間や手首まで、
あらゆるところに柔らかい感触をこすりつける。

「いいよ……もっといっぱい触って」

優しい声が耳元に囁かれる。
聞き覚えのある声の気もする。
そうじゃない気もする。
よくわからない。

女は嬉しそうに俺の背中に手を回してくる。
なめらかな指の腹が、肩甲骨のあいだをなぞる。
背筋を快感が震えながら走りぬける。

「こうされるの……好き?」

背筋がそうっと何度も撫でられる。
羽毛でくすぐられるような繊細でじれったい感覚。
人差し指が背骨をゆっくりと降りていき、
腰骨をつたって下腹部にやって来る。
陰毛がさわさわとかき混ぜられる。

「大きくなってるね……なんてね。
 ホントはさっきからずっと知ってたよ……」

ペニスが根元からなぞり上げられる。
鈴口から漏れだしたカウパーをすくい取り、
亀頭の表面をくるくるとこする。

「入れてほしいな……これ」

唇がさらにだらしなくゆるむ。
目尻がどうしようもなく下がってしまう。
ペニスが大きく跳ねて、
彼女のほそい指をはじき飛ばす。

女の割れ目に先端をあてがう。
すでに愛液が溢れだしてるのがわかる。
勢い良く突くために腰を後ろに引いて。
引いて……そこで動きが止まる。
奇妙なためらいを感じる。
なんだっけ……なにか、なにか。
思い出さなきゃいけないことが……。

「どうしたの……?
 気持ち良くなりたいんでしょ…?
 いいんだよ…好きなようにしてくれて。
 あなたのしたいように、
 好きにじゅぽじゅぽしてほしいな……」

首筋に女の頬がこすりつけられる。
身体のこわばりが少しずつ溶けていく。
あたたかい舌が伸びてきて、肩口が舐められる。
唾液が肌の上に広がり、ちゅぱっ…と音を立てる。

「やらしい音だね……ねえ、もっと聞きたいよね?
 じゅぷじゅぱぁって、もっと聞かせてほしいな。
 ほら、こっちで……ね」

ぬるんだ秘所が先端にこすりつけられる。
応えるようにして、腰を押し出し……挿入した。

「嬉しいな……こうしてくれるのずっと待ってたの。
 ほら、もっと動いていいよ…」

女が俺の腰を前後にゆする。
その動きに合わせてペニスを抜き差しする。
柔肉のあいだをかき分けるたびに頭の芯が痺れる。
ひだが裏筋にひっかかるたびに小さく喘いでしまう。
結合部が、ちゅぷ…ちゅぽぉ…と淫らな音を立てる。

「嬉しいな……そんなに一生懸命腰を振ってくれて。
 私の身体、好きになってくれた?
 好きになってくれたなら……明日も使ってね。
 明日も、明後日も、その先も……ずうっと……ね」

うん…うん…とうなずく。
だけど実際には、ふぅん…くぅん…という
みっともない鼻息ばかり漏れている。

「じゃあ……出しちゃおうねぇ。
 ダッチワイフのなかに……たっぷりと。
 あなただけの性処理人形のなかに、
 汚いものをぜんぶ注ぎ込んじゃおうね」

射精感が急激に膨らむ。
女の身体をいっそう強く抱きしめる。
胸板の下で乳肉がやわらかく潰れる。
女のほっそりした指が、俺の髪をかき回す。
鎖骨のくぼみがちろちろと舐められる。

射精した。
暗闇のなかで、精液がどくどくと流れ出るのを感じる。
ペニスがひくつくたびに、あぁ…とみっともない声が漏れる。
あぁ…あぁ……あぁぁ…………。
 
 
 
 
 
 
……そこで目が覚めた。
薄明るい暗闇と、そして下腹部の冷たく濡れた感触で、
いまはたしかに現実なんだとわかる。

俺は……木下に抱きついていた。
彼女は相変わらず眠っている。
ゆっくりと身体を離す。
ペニスからねばついた糸が引くのを感じる。
どうしよう……どうしよう……。

近くにあった小さな読書灯のスイッチを入れる。
部屋がわずかに明るくなる。
自分のしてしまったことがそれで見えてくる。

……犯しては、いなかった。

ただ、木下の身体で射精したのは事実だった。
彼女の寝巻きが足首までずり下げられてる。
その太ももにべったりと精液が付着していた。
どろりとした濃い粘液が、太ももを一筋垂れ落ちる。

俺はといえば、寝巻きどころか下着さえつけていなかった。
見渡すと、ベッドの端にくしゃくしゃの衣服が転がってる。
自分で脱いで、そして木下の脚にこすりつけて射精した。
考えたくないけれど……そうとしか考えられない……。

しばし呆然としたあと、我に返る。
とにかくすべてを片づけないといけない。
木下が起きる前に、何事もなかったようにしないと。

ティッシュをとり、木下の身体に近づく。
薄闇のなかで、きめ細やか白い肌がひどく際立って見える。
精液が垂れ落ちた跡が、きらきらと光る。

太ももにティッシュを押し当て、そうっと精液を拭き取る。
粘液は薄く広がるばかりで、なかなか綺麗にならない。
物音を立てないように気をつけながら、何度も脚の上を拭く。
落ちにくい汚れを落とそうと力を込めると、
肉が沈み込み、やがて弾力とともに手を押し返してくる。

精液はいたるところに飛散していた。
木下が穿いたままの下着にも、俺の体液がこびりついていた。
思わず唾を飲み込み……そんな自分に気づいて、頭を振る。
なにも考えずに掃除すればいいんだ。
それだけだ……。

新しいティッシュを取り、パンツの上をそっとこする。
拭くというよりも、吸い取らせるようにして汚れを取っていく。
飛び散った精液とは別に、湿り気を帯びている気がする。
この女も濡れたのだろうか。
俺のペニスをこすりつけられ、夢の中で興奮したのだろうか。

ぽた…とかすかな音がする。
木下の太ももの上に小さな水溜りができている。
俺の唇からこぼれた唾液だった。
慌ててそれを拭き取り、唇をきつく噛む。

俺はいまなにを考えてた?
どうかしてる……もう終わろう、終わるんだ。
すでに汚れはあらかた拭き終わっていた。
あとはもう服を着せて、全部忘れて朝まで眠ろう。

そこで不意に、暗い影が脳裏をかすめる。
さっきの下着の湿り気は……本当に木下のものだろうか。

夢のなかではたしかに彼女を犯していた。
現実で本当に行為に及んでいなかったかなんて、
どうして分かるだろうか。
全部終わって下着を穿かせたところで目が覚めた。
そういうことが……あり得るかもしれない。
さっきのは膣から溢れた精液だった可能性さえ、否定はできない。
うん……否定はできない。
確かめないと……いけない。

パンツに手をかけ、ゆっくりずり下ろす。
やや薄い陰毛に覆われたあそこが見えてくる。
規則的な寝息がつづいていることをたしかめてから、
指をそっと差し込んでいく。

第一関節までが、ぬるっ…と飲み込まれる。
反射的に指を引き抜き……また入れてしまう。
指を抜き差ししているだけなのに、たまらなく気持ち良かった。
ペニスが上下に大きく跳ねて喜ぶ。
あぁ……どうしてさっき服を先に着なかったんだろう。
俺は……期待して……たのか……?

精液が残っていないのはもう分かっていた。
だけど、手が止められない。
そうだよ……もっとよく確認しないと……。

入口を左右に広げようとして左手も伸ばす。
その薬指にはめた婚約指輪が、小さく光った。
リングの表面に、醜く歪んだ自分の顔さえ見えた気がした。
弾けるようにして身を離した。

爪を立てて、自分の頬に突き立てた。
そのまま血が出そうなほどガリガリと両頬を引っかく。
俺は…俺は……!

いい加減にしろ…!と内心で絶叫しながら、
木下の下着を再び穿かせる。
乱暴とも思える手つきで寝巻きを引き上げる。
柔らかい身体に触るたびに、力が抜けそうになる。
それでも奥歯を噛みしめながら、最後までつづけた。

「……ん……ぅ…」

木下が小さく呻いた。
息が止まる。
けれど木下は目を覚ましてはいなかった。

ただ寝苦しかったのか、
胸元にかかっていた布団の切れ端を払い落とした。
ボタンが外れた胸元から、木下の胸が露わになっていた。
乳房のラインはもちろん、乳首の先まで見えていた。

無意識に上半身に近づき、ボタンをはめようとしてしまう。
だけど、手が震えて上手くはめられない。
失敗するたびに、木下の胸に手が落ちる。
乳肉がたわむ感触がする…何度も…何度も…。

ボタンをはめようとしてるのか、胸を触っているのか、
だんだんわからなくなってくる。
木下がまた小さく唸って、脚を組み替えた。
その拍子に俺の脚と絡んで、思わず倒れこむ。

むにっとした感触が頬に当たる。
肌を通じて木下の体温が伝わってくる。
かすかに心臓の音さえ聞こえる気がする。
とく…とくっ……と一定のリズムで心音が鳴る。
頭がぼうっとしてくる……。

脳みそがクリームみたいに溶けて、
そのなかを誰かの指がかき回している感じがする。
さっきまで……なにをかんがえていたんだっけ……。
えっと………なにか……まぁ…いっか……。

またよだれが唇からこぼれる。
それを啜ろうとして……なぜか木下の下乳を舐めていた。
舌が乳房を這い上がり、乳首の先を口に含んでしまう。
ちゅうっ…と吸ってしまう。
左の乳首を吸いながら、右の乳をまさぐる。
腰が動いて、勃起したペニスを太ももにこすりつけてしまう。

後頭部に手が添えられるのを感じて、頭を上げた。
木下と……目が合う。
彼女は目覚めて、妖しい笑みを浮かべていた。

「どうしたの?
 私のおっぱい吸いたかったんじゃないの?」

「……あ……ちが………俺は……」

「なぁんにも違わないよ?」

頭が両手で包み込まれる。
顔が谷間のあいだに押しつけられる。
さっき掻きむしったせいでひりひりと痛む頬に、
木下の乳房があますところなくくっつけられる。
柔らかさと心地よさで、痛みがすぅっと消えていく。

「ふふ……気持ちいい?
 私はあなたのお人形さんなんだから、好きにしていいんだよ。
 あったかくて、やわらかくって、
 ときどきはやらしい台詞も喋ってあげるお人形さん。
 お人形さんは、持ち主が自由にしちゃっていいんだよ」

小さな頃、妹の人形をこっそり持ち出したのを思い出す。
妙に精巧なその人形に、子供ながらに劣情を覚えてた。
自慰なんて知るはずもない年頃だったけど、
その人形をぺたぺたと触ったり、シャツめくったり、
スカートをまくったり……脱がせて裸にしたり。
色んなことをして遊んだ。

あれと同じことが……今またできる。
しかもあんな作り物じゃなくて、このいやらしい身体で。
触ったり脱がしたりするだけじゃない。
ペニスを突っ込んで射精できる……。

「そう……なんだってできるの。
 それに私はあなたの都合の良いお人形さんだから。
 だから、なにをされても誰にも言わない。
 どんなことだって受け入れてあげる。
 あなただけのダッチワイフになってあげる。
 だから……ね?」

木下の指が伸びてきて、亀頭をさすった。

「…あ……ぁ………あぁっ……!」

指で触れられただけで、絶頂してしまった。
腰の奥がどくどくと激しく波打つ。
尿道口の先からびゅるびゅると精液が放たれる。

木下は左手で精液を受け止めながら、
右手でカリ首をそっと撫でてくれる。
もっと出していいよ…と言われているみたいに感じて、
またペニスが震えてしまう。
精液がまたどぽどぽとこぼれていく。

「触られただけで出ちゃったね。
 ねえ……そんなに我慢してたの?
 言ってくれれば、いくらでもしてあげたのに。
 手でも足でもお口でも胸でも、どこでだって。
 でもいっか……今日からずっと好きにできるもんね。
 私の身体のどこでだってオナニーできるもんね。
 もちろん……穴でだって」

パンツをずらして、割れ目を見せつけてくる。
数分前、指を差し込んだあの感触を思い出す。
またペニスに血が流れ込んでいく。
そうだよ……さっきだって本当は入れたかった。
我慢せずに入れてしまえば良かったんだ……。
どうせこいつは……俺の人形なんだから。

思いきりペニスを突きいれた。
蜜壷の奥でぐちゅっ…とやらしい音がする。
んっ…と木下が小さく喘ぐ。
だけどおかまいなしに乱暴に腰を動かす。
肉がにゅるにゅるとカリ首や裏筋に絡む。

「私のなか……どんな感じ?
 お気に入りのオナホールにしてもらえそう?
 ローションも勝手に染み出てくるから便利でしょ?
 たっぷりオナニーしてくれていいよ……。
 これはたんなる性欲処理だもの。
 なんにも後ろめたく思う必要はないの。
 恋人がいても、オナニーぐらいするものね?」

うん…とかすれる声で呟いた気もする。
あるいは気のせいで、ただ思っただけだったかもしれない。
もう……よくわからない。

目をつぶり、ペニスの感覚だけに集中する。
木下の腰を強くつかむたびに、
本当にオナホールみたいに膣がきゅうと収縮する。
ぬるぬるの肉が竿に吸いついては離れていく。
そのたびに腰が砕けて倒れこみそうになる。

「そろそろ出ちゃいそう?
 じゃあ……最後は思いっきり絞ってあげる。
 毎日私を使わないではいられなくなるぐらい、
 最高によがらせてあげる」

木下のなかが小刻みに蠕動する。
ほっそりした指先が首筋をくすぐってくる。
彼女の乳首が俺の乳首とこすれる。
頭のなかが…ふわふわ……する……。

……びゅるっ……びゅちゅっ……ずちゅゅっ…!

射精しながら全身が震える。
膣が精液を啜るように淫らに動く。
はぁはぁと荒い息がこぼれてしまう。
吐息がかかって、木下の乳房が濡れていく。

「いっぱい出したね……満足した?
 それともまだ出したい?
 何回だってしていいんだよ。
 私はなんにに文句を言ったりしないから。
 殴っても引っかいても噛んでも、なにをしてもいいよ。
 あなたのしたいときに、好きなだけしていいの……」

あぁ…と言葉にならない声が漏れてしまう。
コップに水を注ぐみたいに、
身体のなかに幸福感がとくとくと満ちてくるのを感じる。
性器がまた木下のなかで膨らみはじめる。
結合部から体液の入り混じったものが垂れてくる。
また彼女の身体にしがみつき、腰を振りはじめる……。
 
 
 
     * * *
 
 
 
数日間、木下静佳を使いつづけた。

昼間、静佳がいないあいだはほとんど眠ってすごした。
ときおりはパソコンの電源を入れて、
学会に向けての論文を書こうともしてみた。
だけど、まったく手につかなかった。

そして夜になって彼女が戻ってくると、すぐに抱きついた。
静佳の身体で、何度も何度も性欲処理をした。
ベッドでシーツにくるまって性器をこすりつけもした。
ときには床の上で動物みたいに交わった。
あるいは椅子に座らせて犯したりもした。

この動くダッチワイフは、手を引けばどこにでもついてきた。
風呂場でボディソープまみれになって身体を重ねたり、
トイレで用を足すついでに射精したりもした。
アパートの狭い部屋のあらゆる場所で、
木下静佳という名の人形を使いつづけた。
 
 
 
 
 
 
それから唐突に……静佳はいなくなった。
ある朝起きたら、荷物といっしょに消えていた。
彼女がいたという痕跡は、
シーツや床のあちこちにこびりついた乾いた体液だけだった。

最初は静佳がいなくなった事実を受け入れられなかった。
次に身体がうずいて、気が狂いそうになった。
本当に気が狂ったとさえ一時は思った。
けれど……やがて日常が少しずつ戻ってきた。

俺はなんとか論文を完成させて提出した。
忙しいからという理由で距離をおいていた恋人と連絡をとり、
その身体を使って性欲を処理した。

優しくしてとか、電気は消してとか、そういう小うるさいことを言う
恋人がいまやうっとうしく感じられた。
それでもうわべの優しさを取り繕えば行為に及べたし、
日常生活に支障がない程度に性欲を処理できた。
彼女と交わる以外にも、一日に最低五回は自慰行為にふける、
そういうのを正常と呼べればだが。

毎夜、夢のなかでは何度も静佳を抱いた。
今度こそ逃がさないようにとしがみついて。
けれど最後には絶頂とともに精を放ち、
夢精した自分に気がついて目を覚ます。
そんな夜が何度もあった。
 
 
 
いまもまた、浅い眠りのなかで静佳と交わっていた。
あたたかいダッチワイフの身体を抱きしめて、
下種な笑いを漏らしながら腰を振る。

……インターホンの鳴る音が、甘い夢を中断する。

身体を起こして、目をこする。
訪ねて来たのが誰かは分かってる。
恋人の杏子(きょうこ)のはずだった。
俺の誕生日祝いにご飯を作ってくれる、
そういう予定になっていた。

重たい身体を引きずって玄関に向かう。
ほんの一瞬、この向こうに静佳がいたらと思ってしまう。
かすかな期待とともに覗き窓に目を当てる。

いたのは……にこにこ笑う杏子だった。
舌打ちしかけた自分に気づいて、罪悪感が襲ってくる。
頭をぶんぶん振って、ドアノブに手をかけて。
そこで。

「……ただいま」

後ろから抱きしめられる。
幸福感そのものに抱きつかれたような感覚。

身体の力が抜けて、玄関ドアにふらりと倒れこむ。
ドアが揺れて、鈍い音を立てる。
扉の向こうから、心配げな杏子の声が聞こえる。

「ちょっと……大丈夫?」

「あ…ああ……大丈夫。ちょっとつまずいただけ」

そう言い訳するのが精一杯だった。
抱きついてきたのは静佳だった。
知らないあいだに鍵を開けて戻ってきてた?

混乱する俺を無視して、静佳が背後から、
器用にズボンを脱がしてくる。
半勃ちになったペニスに彼女の指がまとわりつく。
途端に限界まで勃起してしまう。

「ね、早く開けてよ?」

コンコンと扉がノックされる。
開ける……このドアを……?

「あれ……開けてあげないの?
 優しい彼女が誕生日祝いに来てくれたんでしょ?」

陰嚢を弄びながら、静佳が囁いてくる。

「私はかまわないんだよ……開けてくれても。
 なんだったら、二人が楽しくご飯を食べるところを
 ベッドからじぃっと見ててあげようか。
 まあ……この子がそれを許してくれたらだけど」

膨れあがったペニスが金属製のドアに押しつけられる。
ひんやりとした感触に、身体が小さく跳ねてしまう。
漏れだしたカウパーがドアに付着していく。
ドアノブが向こう側からかちゃかちゃと回される。

「ほら……彼女さんが待ってるよ。
 なぁに? 本当に開けたくないの……?
 ん……それより私といやらしいことがしたいの?」

抱きしめられていた腕がほどかれる。
振り向いた俺の目の前で、
ロングスカートの裾がゆっくりと持ち上げられていく。

「今なら……させてあげる。
 もう一度したくてしたくてたまらなかったんでしょ…?
 ふふ……なにも言わなくても、顔さえ見なくても、
 そんなこと簡単に分かっちゃうんだよ。
 だって私はあなた専用の性処理人形なんだから」

どこかで俺の名前が呼ばれてる。
だけど、それがとても遠くの声に聞こえる。

「ね……しちゃおっか」

身体がひとりでに動いてしまう。
静佳の片脚を持ち上げ、
下着の隙間から半ば無理矢理にペニスを差し込む。
ぬるんだ肉の感触に、んっ…と声が漏れる。

「私がいないあいだ、いっぱいオナニーしたんだよね。
 色んな本やビデオを見たり、そこにいる子を使ったり。
 でも……満足できなかったでしょ?
 だってね……私はあなただけのダッチワイフだけど、
 あなたも私でしか本当には気持ち良くなれないの。
 そうなっちゃったの。
 ……残念? それとも嬉しい?」

はっ…はっ…と獣じみた息がこぼれるばかりで答えられない。
いったい何度この身体を夢で抱いただろう。
静佳の膣がいやらしく蠢く。
身体の中だけ別の生き物になってるんじゃないか。
そう思えるほどに淫らに肉ひだが絡みついてくる。
愛液とカウパーの入り混じったものが、ぽたぽたと床に落ちる。

射精感があっという間にかけ上ってくる。
膣出しすることへの抵抗なんてとうの昔に消えていた。
身体が射精に向けて緊張して。

……とんっ。

静佳の手が伸びて、俺の胸を小さく押した。
ドアに背中が当たる。
ペニスが半ばまで抜け落ちる。

「続き、したい?」

いつものように穏やかな微笑みを浮かべて、
けれどどこか残酷さを感じさせる表情で静佳が言う。

「したかったら……彼女さんと別れてほしいな。
 もちろん、いまここで」

ドアと頭蓋をつたって、杏子の泣き声が聞こえてくる。

「ねえ、ねえ……なにか言ってよ!
 大丈夫なの?
 それに……誰かいるの? ……ねえってばぁ…」

涙声が震動まじりに俺の身体に伝わる。
いったい……なにが……どうなって…………。

「優しくて可愛くていじらしい彼女と、
 とっても気持ちいいお人形。
 どっちをとるかはあなたの自由。
 彼女を選ぶなら、私は今すぐいなくなってあげる。
 いらないごみを捨てるみたいに消えてあげる。
 でも私を選ぶなら……毎日お人形になってあげる。
 いやらしいことしかしないけど、
 かわりにこの世で一番の快楽を与えてあげる。
 ……どうする?」

ガンガンとドアが叩かれるのが、
まるで自分の頭蓋骨の中を叩かれている気がする。
頭が痛くて…目まいがして……なにも考えられない。

「……もう口では答えられない?
 じゃあ、私のことが嫌だったら私を突き飛ばしてね。
 もしそうしなかったら……私を選んだってことだよ?」

静佳の身体がまた覆いかぶさってくる。
ちゅぷっ…と音がして、ペニスが再び奥深くまで飲み込まれる。

俺の左手が持ち上げられる。
薬指が静佳の小さな口に根元まで咥えられる。
じゅるじゅると音を立てて指がねぶられる。
やがてふやけた指から……唇で婚約指輪が抜き取られていく。
指輪を口に含んで、静佳が目を細めて笑う。

唾液にまみれた指輪が、静佳の口から落ちる。
大きな胸の上で一度弾んだあと……床に落ちた。
同時に、静佳のなかがうねり出す。
忘れていた射精感が急激に戻ってくる。

「ふふ……私を選んじゃったね。
 馬鹿で最低で……どうしようもない人。
 でも約束はちゃんと守ってあげる。
 これからずうっとあなたをよがらせてあげる。
 かわりに……あなたも約束を守ってね」

俺は……別れの言葉を告げた。

ドアを叩く音が止み……またいっそう激しく叩かれる。
だけど……もうどうでもよかった。
静佳が俺の首に手を回してくる。

「うん……これでややこしいことはおしまい。
 あとはたっぷりと気持ち良くなろうね……。
 いつまでも、いつまでも……」

なにも考えず、ただ肉棒を抜き差しする。
ずぶぶっと肉をかき分ける感触。
引き抜くときにひだが裏筋をとずりずりとこする感じ。
なにもかもが、どうしようもなく気持ちいい。

薬指がまたちゅぱちゅぱと吸われる。
まるでそれに合わせるように膣がひくつく。
気味の悪い笑い声が自分の口から漏れる。
高笑いしながら精液を放つ。

身体の中のどこが破けたのじゃないかと思うぐらい、
精液があとからあとから噴き出す。
結合部からだらだらと粘液がしたたりおちる。
さっき落とした指輪にもべっとりと白濁液がかかってる。

あのドアを叩くうるさい音ももう聞こえない。
俺はダッチワイフの身体を抱きしめる。
あたたかさが全身に広がる。

静佳は微笑んで、頭を撫でてくれる。
それからペニスを引き抜き、俺の手をとって部屋の奥へと導く。
されるがままに手を引かれて歩いていく。

ベッドに腰かけて、静佳が笑う。
おいで、と言われる。
うん、と答えて彼女を押し倒すように寝転ぶ。
やわらかい肢体がまた全身に絡みついてくる。

なんて……なんて幸せなんだろう……。
もう……なんにも考える必要もない。
ただ与えられるままに快楽を貪っていればいいんだ。
そう…まるで……操られてるみたいに……。
あぁ……人形って……ほんとうに……最高だ…………。

END