偏愛カッティング(後編)

射精の余韻のなかで放心している僕の髪を、彩音さんは丁寧に洗った。
それから再び通常席に案内されて、ドライヤーで髪を乾かされる。
そのあいだ僕は、次にとるべき行動を必死に考えていた。

本当は逃げ出したかった。
でも、財布や免許証はすべて受付で彩音さんに預けてしまっている。
いま逃げたら、僕の住所からなにからすべて彼女にばれてしまう。
それはとても恐ろしいことに思えた。
だから逃げるわけにはいかない。そう、思った。

「なに難しい顔してるんですか?
 私に甘える理由でも考えてました?」

不意にドライヤーの音が止んだかと思うと、彩音さんが耳元で囁いてくる。
びくっ、と身体が震えて、決心がゆるく崩れそうになる。
それでも意志の力を振り絞って、口を開いた。

「彩音さん、やっぱり付き合うなんて」
「あ、いつものマッサージもしておきますね」

僕の言葉は、彼女の笑顔に流されてしまう。
彩音さんは僕の肩に手を添えると、やさしく揉んでくれる。
その心地良い感触に浸っていると、なにを言うべきだったのか、分からなくなってくる。

「ん、いつもより肩凝ってますね。
 じゃあちょっとこうして……っと。
 たまにぐうっと肩甲骨広げると、気持ちいいんですよ?」

彩音さんは僕の両腕を取ると、椅子の背面に引っ張る。
肩と肩のあいだが広がる感覚が、たしかに心地いい。
手のひらも広げられて、彼女の指がゆっくりとツボを押してきて。

ばちん、という鈍い音とともに、親指に異様な感触が生まれた。
それがなんであるかを確かめようとして……指が動かせないことに気づく。

「……びっくりしました?
 ふふ、今日は驚くことがたくさんあって大変ですよね。
 なにされたか教えてあげましょうか。
 いま、中島さんの両手の親指をゴムで留めちゃったんです」

説明されてはじめて、親指同士が固く結びついているのだとわかった。
慌てて指に力を込めたけれど、ゴムの力はきつく、簡単には外れそうにない。

「中島さん、指錠って知ってます?
 指を固定されただけで、人間ってとたんに不自由になっちゃうんですよ。
 ……そんなに不安そうな顔しないでください。
 これはゴムですから、時間をかければ一人でもちゃんと外せますよ」

それに続けて「でもさせてあげませんけど」と彩音さんは楽しそうに呟く。
次の瞬間、僕の身体が椅子ごとくるりと回転する。
目の前に、彩音さんの淫らな笑みがあった。

「デートの時間、そろそろですよね?
 このままだと、間に合わなくなっちゃいますね」

その通りだった。待ち合わせの時間はすでに過ぎている。
さっきのメールの着信音を思い出す。
あれはきっと、彼女が僕を心配して送ってくれたメールだろう。

「大切な彼女を待たせて、悪い彼氏さんですね。
 ねえ? 初デートすっぽかしたりしたら……きっとフラれちゃいますよ?
 ほら、早く逃げ出さないとだめですよ。頑張ってください」
 
その言葉とは裏腹に彩音さんは僕の膝の上に座り、しなだれかかってくる。
いやらしく弛緩した彼女の肉体が、僕の腰や胸、首筋にやわらかく触れる。
両手を塞がれているから、その快楽から逃れるすべがない。
僕の鎖骨に頬をこすりつけながら、彩音さんはいたずらっぽく喋る。

「気持ちいいことされたって、中島さんはちゃんと我慢できるんですよね?
 さっきのは単なる事故なんですよね? 
 ……だったら早く逃げ出さないと。
 そうじゃないと、逃げられなくなっちゃいますよ?」
 
彩音さんの手が僕のベルトにかかり、留め金がぱちんと外される。
つづいて立ち上がると、彼女はジーンズを引きおろしてくる。
足を組んで抵抗しようとしたけれど、途端にハサミが突きつけられる。
そしてなすがまま、僕はジーンズはおろか下着まで脱がされてしまう。

裸になった下半身に向けて、ふーっ、と彩音さんが息を吹きかけてくる。
なまあたたかい吐息がペニスに触れると、ぞくりとした震えが走る。
またペニスが少しずつ大きくなってしまう。

「おちんちんさん、だらしないですね。
 触られてもないのに、息かけられただけでムクムクってなっちゃいました」

「なに、する……つもり?」

「そんな怯えた顔しないでください。
 大丈夫、さっきみたいに無理やりなことしませんから。
 ただ今度は、中島さんが素直になるまでじっくり待つことにします」

彩音さんは小さな丸椅子とファッション雑誌を持ってきて、僕の前に座る。
肘をついてこちらを見上げると、いたずらっぽく笑う。

「さ、逃げられるなら早く逃げないとダメですよ?
 あんまり時間かかると、私も待つのに疲れちゃいますから」

彼女は雑誌を開くと、ぱらぱらとページをめくり始める。
そのあいだに、僕はなんとか拘束を解こうともがく。
でもゴムの力は強く、親指に力を込めても少しも広がらなかった。

突然の快感に、ペニスがびくりと跳ねる。
いつのまにか彩音さんが靴を脱ぎ、右足でペニスに触れていた。
ストッキングの少しざらついた感触が、亀頭や竿の表面を撫でていく。

「ん、どうしたんですか? 急にもぞもぞされて」

雑誌から顔を上げると、なに食わぬ顔して彩音さんが聞いてくる。
だけど、その目尻は笑っていた。
犬や猫を可愛がりながら弄ぶ、そんな目つきだった。

彼女は左脚も持ち上げると、左右からペニスを挟み込む。
左足で肉棒を固定して、右足で上下にごしごしと扱いてくる。
ストッキングと皮膚がこすれるたびに、首筋を中心にくすぐったい快感が広がる。
耐えられないほど強い刺激というわけじゃない。
だけど、止むことなく足が動きつづけて、刺激が止まらなくて、それで、それで。

「……あ」

射精しそうになった瞬間、両足がペニスからすっと離れた。
それはもう本当に射精直前で、
ペニスは精液を送り出そうとするように根元からびくびく震えてしまう。
だけど、ぎりぎり精液は出なかった。
空撃ちするみたいに、肉棒だけが何度も上下に跳ねる。

「危なかったですね、中島さん。
 もうちょっとで出ちゃうところ、でしたね。
 それとも、もうちょっとで出せたのに、って思ってますか?
 ……だいぶ興奮しちゃってるみたいですから、ちょっと冷静になります?」

言うなり、彩音さんは僕の椅子を足でかるく蹴った。
椅子はくるりと半回転して……鏡の前に、下半身を露出した自分の姿が丸写しになった。

「…………っ!」

思わず目を閉じる。そのぐらいに僕の姿は醜悪だった。
両手を後ろで拘束されたまま、性器を露わにして、しかも浅ましく勃起している。
そんな自分が正視できなかった。

「中島さん、自分がどんなに情けない人間か、少しわかりました?」

また椅子が回転して、再び彩音さんが目の前に現れる。
薄い笑みを浮かべたまま、彼女は視線でペニスをなめ回してくる。
はずかしめられているのだ、と頭では理解している。
なのに、そんな屈辱を受けているのに、
ペニスは破裂しそうなぐらいに強く勃起してしまう。

彩音さんの脚がまた伸びてくる。
ペニスは期待に震えて……でも刺激をもらえない。
彼女の足先は、僕の内ももを優しく触る。
さざ波のような快感が身体中を撫でていく。

「どうしたんですか、顔を歪ませて。
 ああ、そっか。恋人以外に性器をいじられたりしたら、気持ち悪いですものね。
 それで苦しんで、そうなんですよね。
 まさかとは思いますけど、気持ち良さに喘いでいるわけじゃ……ないですよね?」

彼女の左足が、今度は玉袋にのせられる。
ストッキング越しの足指が、袋の表面をさわさわと撫でる。

「ここに精子がいっぱい詰まってるんですよね。
 彼女さんのなかに注ぎ込むつもりで一生懸命作った精液。
 どうですか、漏らす前に逃げ出せそうですか?
 それともかわりに、私のあそこに吐き出していきますか?」

「そんなこ、と……」

「ん? どうしたんですか、中島さん。
 なにか楽しいものでも見えますか?」

持ち上がった両脚のあいだから、彩音さんの股間が丸見えになっていた。
ストッキングの光沢越しに、彼女の下着が見えていた。
レースの柄まで確認できそうなぐらいに、はっきりと。

「ふふ、おちんちんがバタバタ暴れてますよ?
 そんなに見れて嬉しかったですか、私のパンツ。
 私と付き合ってくださったら、何枚でも持って帰っていいですよ。
 もちろんパンツの向こう側の穴だって、いくらでも、何度でも。
 ここが空っぽになるまで、自由に使ってください」

彩音さんは大きく股を開き、股間を見せつけてくる。
ペニスをそこに思いきり擦りつけることができたら。
精液をストッキングのように飛び散らせることができたら。
ストッキングを破き、パンツをずらし、
あの肉壷にズボズボと差し込むことができたら。

「呼吸が荒くなってますよ、中島さん。
 我慢できなくなってきました?
 でも、まだダメですよ。
 私と付き合うって言ってくれるまでは射精禁止です」

亀頭の表面を一撫でしたかと思うと、また足が離れていく。
射精の寸前まで追いつめられては、快感を遠ざけられる。
それが繰り返されるたびに、意識に薄くもやがかかっていく。

「本当に限界みたいですね。
 でも、約束してくださるまでは」

彼女の言葉を遮って、携帯の着信音が響いた。

彩音さんにとっても、それは不意打ちだったのだろう。
遠ざけられるはずの足が一瞬跳ねた。
そのせいで親指の爪が、カリの裏側を強くこすり……僕は射精した。

裸の下半身の真ん中で、肉棒から精液が勢いよく吐き出される。
噴出した精液が、太ももや膝、足首の上にあたたかく降り注ぐ。

耳の奥で血管がどくどくと音を立て、それが着信音と混ざって聞こえる。
その着信音は、恋人のために設定したメロディーだった。
恋人からの電話が鳴っているのに、射精を止めることができない。
まるで恋人の目の前で犯されているような恥辱と……快感。

ペニスの律動が収まりかけた頃、着信音がひときわ大きくなった。
僕から剥ぎ取ったズボンから、彩音さんが携帯を取り出していた。

「うっかり射精させちゃいましたね。
 ……心配しなくていいですよ。中島さんに怒ったりしませんから。
 悪いのは、電話をかけてきたこの人ですものね。
 えっと、香澄ちゃん、ですか。きっと恋人さんの名前、ですよね」

僕はなにも答えなかった。
でも彩音さんはそれを肯定と受け取ったようだった。

「私がこの電話に出て、中島さんがいまどうなってるか伝えましょうか」
「………やめろっ!」

自分でも驚くほどに強い声が出た。

「やめろ、なんて強気ですね。
 射精できたらスッキリして、良い人ぶる余裕が出てきました?
 そうやって態度をころころ変えるほうが、ひどい人間なのに」

その指摘に、言葉が詰まった。
携帯の呼び出し音はまだ鳴りつづけていて、まるで僕を非難しているようだった。

「わかってます? 中島さんは私に足でいじられて射精しちゃったんですよ?
 恋人を待ちぼうけさせて、私といやらしいことしてたんです。
 もうとっくに裏切っちゃってるんです、この香澄ちゃんのこと。
 ね? だから……別れちゃいましょう。
 この電話で、別れの言葉を言ってください。
 そしたら……おかしくなっちゃうぐらい、気持ちよくしてあげます」

彩音さんはそばまで歩いてくると、通話ボタンを押した。
携帯が僕の耳に押し当てられる。

「あ……中島くん?」

スピーカーを通じて、恋人の香澄の声が聞こえてくる。
付き合い始めたばかりで、まだ僕の下の名前さえ呼ぶことさえ照れてしまう、
健気で可愛らしい彼女の声が。

「香澄? ……ごめん………えっと……待ち合わせ遅れて」

「ううん、大丈夫だよ。それより、どうしたの?
 なんか声も元気ないし。ひょっとして風邪引いた?
 それだったら無理しなくていいよ。デ、デートなんてまた次でもいいし。
 身体は大事にしないとダメだよ」

香澄はいつものように矢継ぎ早に喋る。
思い込みが激しくて、口数が多くて、でもとても優しい女の子。

そんな素敵な彼女を待たせて……僕はなにをしているんだろう。
いやでも自分の下半身が目に入る。
勃起こそ収まったものの、いまや足や床には精液が飛び散っていた。
自分自身への嫌悪感が強すぎて、胃が突きあがる。
いきなり僕はえずいてしまう。

「………ぅぇ…っ…!」

「ちょっと、やっぱり体調悪いんじゃない!
 いいから今日はもうやめにしようよ。
 病気だったら、中島くんが悪いわけじゃないんだし」

心配してくれる香澄の声がスピーカーから聞こえてくる。
その声を聞いて、彩音さんがうっすらと笑う。
「本当はあなたが悪いのに」と言う台詞が透いて見えるようだった。
それから「早く別れてくださいよ」という声も。

その表情を見た瞬間、僕は決意していた。
……この人の思い通りにはならない、と。

「香澄」
「な、なに……?」

いきなり僕が語調を強めたせいで、香澄は戸惑っているようだった。

「ホントにごめん。急に体調崩しちゃって。
 ちゃんと今日中に治して、それで明日は学校行くから。
 お昼休みにいつもの学食で会おう」

「あ、うん……そうだね。
 それじゃあまだ早いけど、おやすみ」

おやすみ、と僕が言い終わるなり、携帯が耳から離れた。
彩音さんは携帯を僕のズボンの上に投げ捨てた。
……僕は毅然とした目で彼女を睨みつけた。
どれだけ脅されようと、決して屈しないぞ、と誓って。

「偉いですねぇ、中島さん」

甘い声だった。
僕が覚悟していたような敵意のこもった声ではなく。
今までと同じ、淫蕩と甘美に満ちた声だった。

「私がこれだけ気持ちいいことをいっぱいしてあげたのに。
 手でしごいてあげたり、足でこすってあげたりして、
 たっぷりと射精させてあげたのに。
 中島さんの身体とおちんちんをいじってあげたのに。
 それでもまだ口では立派なことが言えるんですね
 …………じゃあ、もういいです。
 私と付き合ってもらうのは諦めます」

「え……?」

「なにきょとんとした顔してるんですか?
 中島さんが望んでいたことじゃないんですか」

その通りだった。
だけどあまりに唐突すぎて信じられなかった。
それに、彩音さんは束縛を解いてくれる素振りを見せない。

かわりに彼女は椅子のフットレストをまたぎ、
僕の両脚のあいだに身体を滑り込ませる。
つづけて床に膝をつき、Tシャツをまくり上げると、
両胸のあいだにペニスを挟み込んだ。

「なに、するの……?」

「私、中島さんのこと諦めます。
 でも最後に、思い出作りしたいんです。
 よくドラマとかでありますよね、こういうの。
 ……だめですか?」

だめだよ、と僕は言った。言ったと思う。
ただ、どちらにせよ声は限りなく弱々しかった。
あれほど固く決意していたのに、
それでも彼女の胸に包まれると強く抗えなかった。

「中島さん、いつも私の胸を見てましたよね。
 こうするのが夢だったんですよね。
 私は恋人さんにはなれませんけど、
 それでも最後にあなたの夢を叶えるぐらいはしたいんです。
 ねえ……だめですか?」

問いかけをしながらも、すでに彼女は乳房を動かしはじめていた。
おっぱいがぐにぐにと変形しながら、ペニスを押しつぶすように圧迫してくる。
それにまるで対抗するようにして、またペニスが固くなりはじめる。

自分の身体のだらしなさに、再び吐き気を催す。
それでも股間は快感をむさぼろうとして止まなかった。

「パイズリって言うんですよね、こういうの。
 でもズリズリっていうより、むにゅむにゅって感じですよね?
 ……あは。中島さん黙っちゃいましたね。
 これ、そんなに感じちゃいます?」

おっぱいがぐにぐにと変形するたびに、
中途半端にめくられたTシャツから乳首が見え隠れする。
あの彩音さんの生乳にペニスをこすりつけているのだという実感が、
身体からむりやりに快感を引っぱり出してくる。

「中島さんの顔、私大好きですよ。
 だって、気持ちよくなってるってことがばればれだから。
 どこをどうしてあげればいいのかも、すぐ分かっちゃいます。
 こんな風に、下から上に、ですね?」

左右の手で乳房をしっかり押さえると、
竿の根元から亀頭へ向けて、搾り出すみたいに圧迫してくる。
カウパーがどんどん漏れ出してくる。
それがさっき塗られたリンスと混じって、さらにぬるぬるになる。
あったかくて、ぬるぬるで、やわらかくて。

「ほらほら、おっぱいをぐりぐりって押しつけちゃいます。
 私の体温、伝わってます?
 それとももう、どこからが自分のおちんちんで、
 どこからが私のおっぱいかどうか、わからなかったり?」

その通りだった。
もうペニスのどこが気持ちいいのかさえわからない。
亀頭もカリの裏側も、竿も根元も、
すべてが熱くぬめった快楽に包まれてる。
陰嚢から腰の奥へと精液が送り込まれるのがわかる。

「そういえば、返事まだでしたよね?
 思い出作り、協力してくださるのかどうかって。
 ……ねえ、いいんですよね?
 あなたの精液をおっぱいの間から搾り出しても、
 あなたの夢を私が叶えても、いいですよね?」

……不思議だった。
いまとなっては、だめな理由が思いつかなかった。
今日のデートはもうキャンセルした。遅れる心配はもうない。
いくらここで彩音さんといやらしいことをしても大丈夫。

……香澄が悲しむ?
それはさっきまでの話。
いま僕は、この人の最後のお願いを聞いているだけ。
それに香澄はなにも知らない。
僕がなにも言わなければ、なんにも知らずに済む。
香澄は悲しまないし、彩音さんは喜ぶし……僕は気持ちいい。

答えを迫るように、巨乳がぐいぐいと押しつけられる。
胸のあいだで、ペニスがぐちゅぐちゅと音を立てる。
精液がこみ上げる。亀頭の先端が膨張する。

ぬぽっ、とペニスが乳房が抜け出る。
快感が止まり、僕は身悶えする。
床に固定された椅子が、身体ごとガタガタと揺れる。
おっぱいに触れたい。入れたい。ぐにゅぐにゅしてほしい…!

「彩音さん、やめて……おっぱい…離さないで………」

惨めな声で、僕は哀願していた。
おもちゃを買ってほしいとねだる子供のように、ただ欲望に身を任せていた。
自制心なんて、もうどうでも良かった。
ここには僕と彩音さん以外、誰もいないのだから。
そして彩音さんは、僕がどんなにみっともなくても、きっと愛してくれるから。

「おっぱい、欲しいんですか?
 まるでおっきな赤ちゃんみたいですね。
 ……でもいいですよ。
 私は中島さんのこと大好きですから、たっぷり可愛がってあげます。
 だけどその前に、ちゃんとお願いしてください。
 大きな大きな声で『おっぱいでおちんちん気持ちよくしてください!』って
 叫んでください」

叫んだ。
一言一句違わず、その通りのことを大声で。

「はい、わかりました」

優しい声で答えると、彩音さんは再び乳房のあいだにペニスを挟み込んだ。
肉棒がやわらかい肉のなかで、もみくちゃにされる。
甘くてみだらな匂いが、僕と彼女の結合部から漂う。
ペニスが溶けているんじゃないかと思えるような、粘液まみれの快楽に浸る。

「中島さんのとろけそうな顔、素敵ですよ。
 口元がだらしなくゆるんで、快感にとろけてるのが丸分かりです。
 うっとりした目をしながら、にやついて。
 おちんちんにイイことしてもらえて嬉しいって、顔に書いてあります。
 でもしょうがないですよね。
 私のお願いを聞いてあげてるんだから、仕方ないですよねぇ」

彩音さんが、両脇からさらに乳房を寄せる。
それから指をそっと伸ばすと、亀頭の表面を撫ではじめる。
何度も指先で同じ軌道を描きながら、彼女は小さく呟く。

「好きです」

その囁き声を聞いて分かってしまう。
彩音さんが僕のペニスに書きつけているのが、
まさにその四文字だということに。

「私の愛情、受け取ってくださいね。
 薄っぺらい愛の言葉なんかじゃなくて、ちゃんと形のある愛情を。
 おちんちんをよがらせてあげる、やらしくてみだらな愛情を」

乳房が持ち上げられたかと思うと、下乳が僕の股間にたたきつけられる。
快楽の塊が腰を打ちつけるたびに、射精感が膨れ上がっていく。

「好きです。大好きです。
 だから思いっきり出してください。
 私の身体の気持ちよさを一生覚えておけるくらいにたっぷりと。
 すべてを忘れて、射精してください」

彩音さんは両乳を押しつけながら、
僕に身体をゆだねるようにして体重をかけてくる。
僕と彼女のあいだの隙間がすっかりなくなる。
あったかさと心地よさが、谷間のなかで弾けた。

ずじゅぶっ……! ぶじゅっ……ずびゅっびゅっ………!

精液が噴き出しては、やわらかい肉に阻まれて、
その狭い空間のなかにずぶずぶと溜まっていく。
精液の臭いが辺りに充満していく。
 
 
勢いよく精をこぼしたあとも、およそ一分ほどのあいだ、
ペニスは間隔を空けながら震えつづけた。
それがやっと終わってから、彩音さんは顔を上げた。

「……おめでとうございます、中島さん」

その言葉の意味するところがわからなくて、
僕はぼうっとしたまま彼女を見返す。

彩音さんは笑うと、身体を離した。
胸から精液が糸を引いているのに気づくと、
彼女は指にそれを絡めて、愛おしそうに舐め取る。

それから、先ほど投げ捨てられた携帯を拾い上げる
淡く光る液晶画面が、僕の目の前に突きつけられる。

液晶画面には……香澄の名前と、通話時間が表示されていた。
視界のなかで、通話時間のカウントが1秒増える。
また1秒……2秒…3秒。

「………………香澄?」

泣き声を押し殺したような、そんなかすかな音がした。
その次の瞬間には、彩音さんの手によって通話は切られていた。
ツーツーという、無機質な電子音が響く。

「おめでとうございます。
 これでやっとお別れできましたよ」

彩音さんは、満面の笑みを浮かべている。

「いつ……」
「いつから?なんて質問はやめてくださいね。
 頭の良い中島さんなら分かってるはずですよ。
 さっきの電話は、ずっと切れていなかったんだって。
 私に射精させてもらってるあいだのこと、全部聞かれてたんだって。
 おっぱいでおちんちん射精させて、なんてお願いしてるのも、
 ぜんぶぜーんぶ聞かれてしまってたんだって」

全部聞かれていた。
なにもかも。僕のあさましい行為を。
言い訳しようのない、絶対的な破局。

視界が歪む。
すべての音が遠くなる。
手足が冷たくなってくる。
涙がじわりと浮かんでくる。
唇が震える。
 
 
……唇がやわらかいものに覆われた。
歯のあいだから、あたたかいものが入り込んでくる。
そのあたたかいものは、僕の舌をまさぐった。
彩音さんの匂いがした。

キスしながら、彩音さんは僕の頬に
「愛しています」と指で書いた。
彼女の舌と指先が、僕のなにかを溶かしていく。
きっと溶かしてはいけなかったものを、とろけさせていく。

涙があふれる。
その涙で指先を濡らして、
彩音さんはまた「愛しています」と頬に書いた。

口づけを離すと、彩音さんはやさしく微笑んだ。

「ちょっとだけ、前髪長かったですね」

どこからか取り出した小さなハサミで、
僕の前髪をほんの少しだけカットした。

「今日からは私と一緒に暮らしましょう。
 私が愛してあげます。
 毎日、完璧な髪型にしてあげます。
 毎日、最高のセックスをさせてあげます。
 毎日、すべての欲望を満たしてあげます。
 だから、私と暮らしましょう?」

なにも言葉にはしなかった。
それでももちろん、彩音さんはわかってくれた。
すべてをわかって、こう言ってくれた。

「ありがとうございます……愛してます」

END