とりつきごっこ

映画のエンドロールが終わったところで、
リモコンの停止ボタンを押した。
途端に部屋のなかが静まりかえる。
古いブラウン管のモニタが放つ、
じじっ…という低い電子音が耳につく。

背後で、カチャリ、と金属音がした。
反射的に身体ごと後ろを振り返る。
ドアが薄く開いて、暗い部屋に光が差し込んでくる。
開いた扉の隙間から……ほのかの顔が見えた。

「ふふっ……どうしたの、そんなびっくりして」

トイレに行っていた恋人が戻ってきただけだった。
だけど、僕の心臓は異常なほど激しく鼓動を打ってる。
恋や愛による胸の高鳴りなんかじゃない。
単純に恐怖によるものからだった。

「ね、これ……どうだった? こわかった?」

ほのかが床に置かれたDVDのケースを手に取る。
心霊現象をテーマにした、少し古い映画。
こないだまでゾンビ映画に夢中になっていた彼女は、
いまでは和製ホラーにはまっていた。

まあ…と僕はあいまいにうなずく。
ほのかが僕の隣に座り込んで、手の平をそっと握ってくる。
ひんやりした指の感触に、一瞬背筋が震える。

「もう……かくさなくていいのに。
 すごく、すごーく……こわかったんだよね?」

彼女の言うとおりだった。
ゾンビ映画にはすっかり慣れたのに、
この手の幽霊ものにはなぜか耐性がつかない。
観終わったあと、なにも手につかなくなってしまう。

「そういうとこ、かわいくて……すきだよ…。
 でも、こわがらせてばっかりじゃ、かわいそうだよね。
 だから、ね……」

ほのかが僕の肩に手を回してくる。
そのまま身体もずらして、僕の背中に抱きついてくる。
汗で背中に貼りついたシャツの上から、ほのかの体温が伝わってくる。

「きょうも、くっつきっこ……しちゃおっか。
 たのしいことしたら、きっと……こわいのもきえちゃうよ」

僕の背中にぴったりくっついた彼女が、
さらに腕を絡めてくる。
右手首と左手首をそれぞれ掴まれる。

「きょうのあそびはね……とりつきごっこ。
 あなたを、わたしがあやつっちゃうの……」

手首を持たれて、そのまま右手が持ち上げられる。
かるい力だったけれど、なんだか抵抗しようという気になれない。
ほのかの操るままに、僕の身体が自然と動く。

「ほら、みぎてをたかくたかーくあげて。
 それから、ひだりてもあげちゃうよぉ……。
 ふふ……おにんぎょうさんみたいだね」

ほのかが僕の首筋に頬をこすりつけながら、優しく囁いてくる。
吐息がシャツの隙間から入り込んで、肌をくすぐる。
心地よくて、頭がぼうっとしてくる……。

「さ、これで……あなたにとりついちゃった。
 あとはもう、わたしのなすがまま」

ほのかが大好きな遊び。
ルールを決めて、僕はそれに従う。
今日は……僕は彼女に取り憑かれてしまった。
彼女に憑依された操り人形。

「これで……なにしよっか。
 あ、えいがみたいなこと……してみる?」

一瞬、身体が恐怖で震える。
さっきまで見ていた映画の内容を思い出す。
一方的に恋人に捨てられた女性。
悲嘆の果てに身を投げて、怨霊になって。
そして男性に取り憑いて……自殺させる。

「このままベランダにでて……とびおりる?
 そとにでて、トラックにはねられる?
 ね……どれがいい?」

ほのかが僕の手を操って、テーブルの上をかき乱す。
細い金属製のシャーペンが床に落ちる。

「これを、ぐさっ…って、さしちゃおうか。
 ばしょは……このあたりがいいかな?」

僕の首筋に柔らかい唇が押しつけられる。
あたたかい舌が伸びてきて、肌をちろちろ舐める。
薄皮一枚へだてて、血管にマーキングされる。

「からだ、ぞくぞくってふるえてるね。
 ……こわい?
 だいじょうぶだよ……ころすなんてじょうだん。
 それよりも、もっときもちいいこと、しようね」

ほのかが少し身じろぎする。
彼女の胸が、僕の背中の上ですべる。
吐息がまたシャツの裾から入り込んで、
全身に気持ちよさが広がる。

恋人に操られた僕の手が、自分の股間に近づいていく。
ズボンの生地を押し上げている膨らみを、
そうっと何度もなぞっていく。

「びゅーってだすの……しちゃおうか?」

僕の指が、ファスナーの金具に何度も当たる。
引き下ろすように、と命じられていた。
本当になにかに取り憑かれたみたいに、
僕はファスナーを引きおろしていく。

「そうだよ……パンツからもとりだして……うん、
 よくできました……おりこうさん」

すでに大きくなったものの先端を、
操られた手の平が不器用にさすっていく。
もどかしさばかりが募っていく。

「あ……だめだよ、じぶんでうごかさないの。
 あそびのきまりをまもらないひと……きらいだな。
 だからほら、ぜーんぶ、わたしにゆだねてね……」

ほのかが、さらに僕に密着する。
胸の感触が背中の上にむにっ…と広がる。
腰骨のあたりに、彼女の太ももが押しつけられる。
桃の果実のような甘い匂いを感じる。

「そう……ちからをぬいてね。
 それじゃあ、あなたのおててで、してあげる。
 いつもひとりでしてるみたいにして、
 でも、それよりずーっときもちよくしてあげる……」

ほのかの指が、僕の手の甲に伸びてくる。
そのまま操られるようにして、
僕の手がゆっくりと輪っかの形になっていく。

「まずは、さきっぽを、くちゅくちゅって……しようね」

ほのかに促されるままに、
指でできた輪っかを上下に動かしはじめる。
出っぱりに引っかけるようにして、
何度も何度も先っぽばかりを執拗に責める。

あっというまに透明な液体が湧いてくる。
触っているのはいつもと同じ自分の手なのに、
感じ方はまるで違う。
心地よさが腰の奥からしみ出してくる。

「とろんって、かおになってるよ。
 ふふっ……かわいいなぁ、もう……」

ほのかがくすくすと笑うたびに
彼女の髪の毛が揺れて、僕の耳の裏側をくすぐる。
こそばゆさに、身体の力がさらに抜けていく……。

「とうめいなの、もういっぱいでてるね……。
 じぶんのおててでするの、やっぱりだいすきなのかな?
 それとも……ほかのひとにされてるみたいで、きもちいい?」

彼女の指が、僕の指を後ろから押してくる。
輪っかがぐっと狭まって、刺激が一気に強くなる。
ぁ…っ…と、みっともない息がこぼれる。

「あえぎごえ、だしちゃったね……ふふ。
 そろそろ、がまんのげんかい……かな?」

僕の指を器用に操って、
先端から溢れた粘液をすくいとり、塗りつけていく。
そしてぬるぬるになった皮膚の上を、
また輪っかが何度も往復していく。

手の動きが激しくなるにつれて、
時折ほのかの指が僕のものに触れはじめる。
やわらかい指の腹が当たる感触に、
背筋ごと身体がぶるぶる震える。

「ね……もうでちゃいそう?
 あ、うそついたらだめだからね……。
 わたしにとりつかれてるんだから、
 かくしごとはできない……そういうきまり」

もう一度、耳元で「でちゃいそう?」と囁かれる。
そのまま頬ずりされるのに合わせるようにして、
うん…うん…と、何度も頭を深く下げる。
そのあいだも、ほのかの手はいっこうに止まらず
僕の指を器用に動かしつづける。

「そっかぁ……でちゃいそうなんだ。
 じゃあ……おあずけ」

ほのかの手が、僕の右手を外に大きく広げる。
輪っかが股間から引き剥がされる。
刺激が止まり、じれったさが膨れ上がる。
あと少しだったのに………。

「ふふ、だめだよ……あばれたら。
 ルールやぶったら……きらいになっちゃうから」

ほのかはそう言って笑いながら、
僕の右手をなにもない空中でぶらぶら上下に振る。

「ね……たいへんだね、とりつかれちゃうと。
 びゅーってするのも、ままならないなんて。
 でも、ころされないんだから、まだいいほうかな?」

そのまま空中でぴたりと手が静止する。
しずかな声音で、ほのかが喋りつづける。

「わたしはね、やさしいゆうれいだから、
 あなたをころしたりはしないよ……。
 かわりに、とってもきもちよくしてあげる……。
 だけどね、わるいこには……してあげないの。
 さ、あなたは……わるいこじゃないかな?」

僕の手がまた股間に近づいていく。
ぎりぎり触ることのできない距離で手を止めて、
ほのかが僕の耳元に語りかける。

「ね、うわきとか……してないよね?」

突然の質問に、心臓が跳ね上がる。
映画で殺された男性は、浮気した挙句に元の恋人を捨てた。
そしてその恋人に取り憑かれて殺された。

首を左右に振ろうとしたけれど、
ほのかの頭が首に押し付けられているせいで、できない。
かろうじて、していない、と呟き返した。
本当のことだった。浮気なんてしていなかった。

「そっか……ふふ、よかった。
 じゃあ……ごほうび、あげるね」

ほのかと僕の指が絡まったまま、
股間のものに絡みついていく。
しかも右手だけじゃない。
左手まで同じようにまとわりついてくる。

二十本の指が、大きくなったものの上を這い回る。
今まで味わったことのない感覚に、
思わず腰ごと身体が持ち上がる。

「びくんびくんって、はねてるね……。
 じぶんのゆびと、こいびとのゆびで、
 いっぱいさわさわされるの……きもちいい?」

透明な液体が、後から後から湧いてくる。
僕とほのかの指が粘液にまみれていく。
ぬるぬるになった二十本の指が動きつづける。
まるで無数の触手がまとわりついているみたいな感覚。

ピンぼけした写真みたいに視界が揺らぐ。
頭のなかがぼうっとして、なにも考えられなくなっていく。
腰の奥の、とくっ…とくっ…という蠢きが、
どくん…どくんっ…という大きなものに変わっていく。
僕の肩にあごを乗せて、ほのかがしずかに笑う。

「いいよ……だしても」

撫でるように、下から上へと指が動いた。
その途端、腰の奥が弾けた。

なにかのスイッチを押されたみたいに、
大量のあたたかい液体が噴き出す。
絡み合った僕とほのかの手の上にも、
白く粘ついた液体が何度も降りかかる。

「ん……いっぱいでたね。
 ふふ……なんか、せっちゃくざいみたい」

ほのかが僕に絡めていた手を緩めると、
べっとりこびりついた粘液が白く糸を引いた。

「わたしたち……くっついちゃったね。
 やらしいあそびで……くっついたんだよ……」

白い粘液の感触を楽しむようにして、
ほのかが僕と指をこすり合わせる。
にちゃにちゃという、粘ついた水音がする。

やらしい水音が響く部屋のなかで、
ほのかが僕の首筋にまた口づける。

「ね……じぶんできづいてる?
 ほら、また……おっきくなってるよ……」

ほのかの言うとおりだった。
照明の落ちた薄暗い部屋のなかでも、
はっきり分かるぐらいにまた膨らんでいた。

「じゃあ……もういっかい、してあげる。
 でも、さっきとおんなじじゃ……つまらないよね。
 だからね……たってみて」

くっついた彼女の手に導かれるままに、
ゆっくりと床から立ち上がる。
そのあいだも、ほのかは背中にぴったり張りついてる。
肩甲骨の下あたりで、胸の感触がくすぐったい。

「こんどは、まえから……とりついちゃうの」

僕の身体に沿うようにして、
ほのかが背後から前面へと、くっついたまま回ってくる。
彼女の腕や太もも、お腹や胸が僕の全身をまさぐる。

「ふふっ……またぴったりくっついたよ……」

ほのかの両手が、それぞれ僕の手首をつかむ。
彼女のつま先が、僕の足の内側に絡む。

僕の大きくなったものは、
彼女の両脚のあいだに挟み込まれてる。
血が流れ込むたびに、ほのかの股間を
押し上げるみたいに大きく跳ねる。

「ひくひくって……とってもげんきだね……。
 さっき、あんなにだしたのに……すごいね…」

僕の鎖骨を、ほのかが下でゆっくり舐める。
気持ちよさが波みたいに広がって、
また腰から先が大きく跳ねる。
そのたびに彼女の下着に密着する。
すべすべの感触に、身体が震える。

「あは……かわいいかお……。
 すべすべなのが……すきなのかな?
 それとも……ざらざらがいい?」

ほのかが身体を揺らす。
ロングのキャミソールの裾が揺れて、
布の裏地が僕のものの先端をざらっ…とこする。
不意の刺激に、んっ…と声が漏れてしまう。

「あとはね、むにむに…なんてのもあるよ……」

ほのかが両脚をぎゅっと締める。
やわらかい太ももが左右から押しつけられる。
腰の奥がまた脈打ちはじめる……。

「すべすべも、ざらざらも、むにむにも、
 あなたのすきなものがいっぱいで、
 とーってもしあわせ……でしょ?
 このままびゅーってしたら……すごくきもちいいよ。
 ね……そうしたい?」

何度も頭を縦に振る。
鼻先がほのかの髪の毛に埋まって、
シャンプーの香りがかすかにする。

「でも……だぁめ……」

僕の足首につま先を絡ませたまま、
ほのかが左右の足をわずかに外に広げる。
太ももの感触が離れていく。
下着にこすれる刺激は続いているけれど、
いまはもうそれだけじゃ物足りない……。

「ふふ、なきべそかいても、だめだよ……。
 えっとね……もういっかい、しつもんにこたえてね。
 そうしたら……してあげる。
 ふとももで、ぎゅーってしてあげる……」

ほのかの手にわずかに力が入る。
指と指がいっそう絡み合って、
水気を失いはじめた粘液が、にちゃり…と音を立てる。

「あのね、これからも……とりついていい?
 あなたがごはんたべてるときも、
 ねむってるときも、なにしてるときだって。
 わたし、すきにとりつきたいな……」

キャミソールのほそい肩紐が、左肩からずれ落ちる。
かすかにゆるんだ胸元から、ゆるやかな谷間がのぞく。
薄闇のなかのわずか光で、白い乳房が淡く光って見える。

「ね……いいかな?
 あなたにずっととりついても……かまわない?」

僕がうなずくのと、ほのかが微笑んだのと
どっちが先立ったのかよく分からない。
だけど、気づいたときには目の前に恋人の笑顔があって、
それから彼女の両脚の感触に包まれる。

「うれしいな……じゃあ、いっぱいしてあげる。
 おもいっきり……びゅーって、してほしいな……」

僕のものからまた溢れ出した透明な液体を、
ほのかが内ももにこすりつける。
そのまま、くちゅくちゅと両脚をこすりあわせる。
先端がぬるぬるの肉に押しつぶされる……。

「ふふっ、もうでちゃうね……あっというまだね……。
 いいよ……やくそくしてくれて、うれしかったから…。
 だから……いっぱい…だしてね………」

ほのかが僕の身体に頬をこすりつける。
両手の指がしっかりと繋ぎあわされる。
足がきゅっ…と締めつけられる……。

「あ……でてる………」

太もものなかで、僕のものが何度も蠢く。
あたたかい粘液が、やわらかい肉の中でこぼれる。
ときおりキャミソールの裏地がざらざらと先端にこすれる。
その布地にも粘液をどろどろとなすりつけていく……。

「ん……きもちよかった……?
 そっか……ふふ、よかったぁ……」

僕の身体にぴったりとくっついたまま、
ほのかがとても幸せそうに笑う。

「わたしにとりつかれて……よかったね。
 とってもきもちよくなれるんだから……。
 わたしもね、あなたにとりつけて……うれしいの。
 もう、ぜったい……はなれてあげない」

ほのかが、つま先立ちになる。
唇が近づいてきて……奪われる。
唾液といっしょに心まで吸いとられるような口づけ。

それからゆっくり唇を離して、
ほのかが目尻をこれ以上ないくらいゆるめて、
僕に微笑む。

「これで、あなたとずーっといっしょ……。
 えいえんに……あなたにとりついちゃった。
 ふふ……とってもしあわせでしょ……。
 ね……?」

END